写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai
こちらはグラスや銀食器のコレクション。セレクトされたアイテムには統一感があり、オーナーの洗練されたセンスが光る。優雅なガーデンパーティーのテーブルを彩るのにふさわしい逸品ばかりだ。
フランスにおけるアンティーク市場の中心的な存在である「Foire de Chatou(シャトゥのフェア)」は、108回目を迎える伝統的な骨董市である。その起源は中世にまで遡り、長い歴史の中で幾度も形を変えながら現在のスタイルに発展してきた。このフェアは、毎年春と秋の2回、パリ近郊の「Île des Impressionnistes(印象派の島)」で開催され、約340の出展者が集まり、25,000~30,000人もの訪問者を迎える。フランス国内のみならず、ヨーロッパやアメリカ、アジアからもバイヤーが訪れる、名実ともに国際的なイベントである。
イベントが行われる「印象派の島」
シャトゥー駅で降りてセーヌ川を渡る橋に差し掛かると、会場の風景が目に入ってくる。また、パリと近郊を結ぶ高速郊外鉄道 RER(Réseau Express Régional)A線 からも、この景色を眺めることができる。広がるテント群を目にすると、「今年も始まるのだな」と誰もが感じるほど、知名度の高い骨董市である。
この場所がパリ西方のセーヌ川の中州で行われる。この近くに印象派の画家ルノワールが住んでいたこともあり、この中州のレストランで『舟遊びをする人々の昼食』を描いている。このレストランは今でも健在だ。そのため「Île des Impressionnistes(印象派の島)」と呼ばれるのだ。
宝探しの始まりだ。専門店もあれば、さまざまな品が雑然と並ぶ店もあり、それぞれに個性が光る。その中からお気に入りを見つけるのも、この市場の醍醐味のひとつだ。
晴れ渡った日には、多くのアンティークがテントの外へと並べられ、より開放的な雰囲気に包まれる。その光景が、さらに華やかさを添えるのだ。
中世から場所と形を変えながら開催されてきたシャトゥのフェア
蓄音機やオルゴールなど音の専門店。
美しい装飾が施された手回しオルガンも存在する。その繊細な彫刻や華やかなデザインは、音だけでなく視覚的にも楽しませてくれる。
シャトゥのフェアのルーツは、中世パリの「Foire aux Lards(ラード市)」にある。1222年、フランス王フィリップ・オーギュストが、塩漬け肉を扱う商人たちに聖週間の前に製品を販売する許可を与えたことで、この市場は正式に始まった。その後、この市場は「Foire aux Jambons(ハム市)」として知られるようになり、長い間パリ市内の様々な場所を転々としながら開催された。
1789年のフランス革命の混乱の中で一度市場は消滅したが、1804年に復活し、ノートルダム大聖堂周辺やパリの主要な広場で開催され続けた。19世紀には骨董品やスクラップを扱う商人たちが加わり、「Foire à la Ferraille et aux Jambons(鉄くずとハムの市場)」へと発展した。1840年にはブルバード・ボードロン(Boulevard Bourdon)に移り、1869年にはブルバード・リシャール・ルノワール(Boulevard Richard Lenoir)へと移動し、ここで約100年にわたり開催された。
1969年、パリ市当局の決定により市場は市外へ移転されることになった。これに対し、フランス骨董商組合「SNCAO-GA(Syndicat National du Commerce de l’Antiquité, de l’Occasion et des Galeries d’Art)」が尽力し、1970年にChatou(シャトゥ)へと移動。この地で現在まで続くフェアの形が確立された。そして2014年には、正式に「Foire de Chatou」と改名され、骨董品とブロカント(古道具)に特化したイベントとしての位置づけが明確になった。
フランス最大級のアンティークフェアというだけでなく食文化も愉しめるのが魅力の一つ
20世紀中頃からカフェなどで使われていた、ブランドのロゴ入り広告アイテムを専門に扱うショップ。テント内ながらも雰囲気づくりが施され、個性的な空間を演出している。
きっと骨董を探して倉庫から一緒に出てきたワインだろう。時を重ねたボトルが並ぶ、ヴィンテージワインの宝庫。ラベルには歴史が刻まれ、埃を纏ったガラス越しに熟成の物語が垣間見える。シャトーの名が語るのは、その年の天候、土地の個性、そして造り手の情熱。果たしてこの一本は、どんな香りと余韻を秘めているのだろうか。
シャトゥのフェアは、フランス最大級のアンティークフェアであり、質の高い品々が並ぶことが特徴だ。出展者は全員、フランス骨董商組合(SNCAO-GA)に加盟し、厳しい審査を経たプロフェッショナルのみが参加できる。これにより、「Authenticité-Qualité(本物・品質)」という基準が保証され、来場者は安心して買い物を楽しめる。
さらに、無料の鑑定サービスも提供されており、専門家が各商品の真正性を保証。時代を問わず、家具、絵画、ジュエリー、銀器、時計、アンティーク生地、ヴィンテージトイ、書籍、ポストカードなど、多岐にわたる商品が揃う。まさに、コレクターやデザイン関係者にとっては宝の山とも言える場所だ。
また、フランスの豊かな食文化を楽しめることもこのフェアの魅力の一つ。会場にはガストロノミーブースが設置され、地方特産のハム、フォアグラ、チーズ、ワイン、シーフードなどを味わうことができる。
若手のアンティーク商人やブロカント業者の功績を称える「Prix Marcus du Jeune Marchand」
小さな肖像画を中心に扱うブティック。その魅力は絵そのものだけでなく、作品を引き立てる額にも宿る。繊細な装飾が施されたフレームは、それぞれの時代の美意識を映し出し、歴史の流れを感じさせる。
キリスト像も多く並び、中には13世紀にまで遡る貴重なものも見られる。時を超えて受け継がれてきたその姿には、信仰と歴史の重みが刻まれている。
2023年に創設された「Prix Marcus du Jeune Marchand(若手商人賞)」は、2025年にも継続される。この賞は、若手のアンティーク商人やブロカント業者の功績を称えるもので、フランス文化省の支援を受けている。今回の受賞者には、ジュエリーや絵画、家具などを扱う新進気鋭のディーラーたちが選ばれており、彼らの扱う商品が「Rue Popincourt」に展示される予定だ。
歴史、文化、ガストロノミーが融合したフランスならではのイベントFoire de Chatou
骨董市の魅力はアンティークだけにとどまらない。ガストロノミーもまた、大きな楽しみの一つだ。牡蠣をはじめ、フランス各地方の名物料理がずらりと並び、美食の喜びを存分に味わえる。「初めて訪れた町で美味しいレストランを知りたければ、骨董屋に聞け」と言われるのも納得の話。アンティークディーラーたちは、顧客をもてなすため、その町の最高のレストランを熟知しているのだ。
こちらは生ハム。薄くスライスされたものをその場で味わうこともできるが、気に入った一本があれば、まるごと購入して持ち帰ることも可能だ。じっくり熟成された芳醇な香りと奥深い味わいが、多くの人を魅了する逸品。
もちろん、ワインは欠かせない。軽いつまみとともにその場で一杯楽しむこともできるし、各地の個性豊かなワインを見つけて、ボトルで購入し持ち帰ることもできる。骨董探しの合間に、一息つきながら味わうワインはまた格別だ。
Foire de Chatouは、単なるアンティークフェアにとどまらず、歴史、文化、ガストロノミーが融合したフランスならではのイベントである。中世の市場から発展し、現代のアンティーク愛好家たちの交流の場として確立されたこのフェアは、2025年もさらに進化を遂げる。新しい会場レイアウト、若手商人への賞の継続、そして歴史と芸術を深く知るための特別イベントが加わることで、ますます魅力的な場となることは間違いない。
この開催は3月7日〜16日まで。次回は9月26日〜10月5日で開催される。
https://www.foiredechatou.com/