「アマゾニア」。カカオの仲間の3種の果実を使ったデザート
ペルー・リマにある『セントラル』は2022年に「世界のベストレストラン50」で2位、「南米のベストレストラン50」で1位に輝き、世界中のフーディーから注目を浴びている。そのシェフ、ヴィルヒリオ・マルティネス氏が手がけるレストラン『MAZ』が7月、東京・紀尾井町にオープンした。
入り口でゲストを出迎えるテーブルそのものが、ひとつの作品。
暗めの照明の店内に入ってすぐ、ゲストは色とりどりのトウモロコシなど、テーブルに整然と並べられた主にペルー原産の食材に遭遇する。その展示が、すでにアーティスティック。ここ『MAZ』は食事を通してインスタレーションを体験できる小さな美術館である。テーマは「生態系」と「高度」。そう、これまでのレストランには見られない新しい概念で構成されたコースは、料理というジャンルを超えた驚きと感動に満ちている。
モライ遺跡は底と上部で100mの差があり、最深部と最上部の気温差は16度あるといわれている。階段状の円形石段で、どの気温で何が育つかと、いにしえの人々が農業実験をしていたとされる。
シェフ、ヴィルヒリオ・マルティネス氏は2009年、ペルー・リマに『Central』をオープンして以来、南米のトップシェフとして注目を浴びてきた人物。その料理へのアプローチの仕方は、唯一無二と言っていい。2018年、クスコの高地にあるインカのモライ遺跡のすぐ横に海抜3500mの生態系を体験できるレストラン兼研究所『MIL(ミル)』をオープン。
「この場所に座っていると、土地との深いつながりを感じます。遺跡はやはり特別な場所で、人によってはここにいるだけで泣き出す人もいるくらい。僕もものすごいインスピレーションをもらっています」(マルティネス氏)。
そんな場所でマルティネス氏はペルーの多様な生態系を、植物学者、人類学者、言語学者、脳神経外科医、芸術家など、さまざまな分野の研究者と共にペルーの食材と、その原産地を調査、データベース化し、アイデアを得ているという。「アンデスの森」。ペルーの伝統調理技術ワティアからインスピレーションを受けた一品。
東京でも同様の視点から食を提案する。オープン直前の取材時にペルーに古くから伝わる収穫時のごちそう、粘土で包んで焼いたじゃがいもが振る舞われたように、伝統的な食文化に敬意を払いつつ、新しい解釈で彼の地の美味を伝えるのが、マルティネス氏の使命。料理はペルーの異なる高度が織りなす9つの風景と生態系が表現される「VERTICAL EXPERIENCE」とベジタリアン対応の「VEGETABLE VERTICAL EXPERIENCE」の2種類のコースが用意される。それは海から海岸、平地から高地と移りゆくペルーの風景が感じられるような流れとなっている。
ある日の「VERTICAL EXPERIENCE」1品目、海抜-2mあたりに生息する海藻、アサリ、ウニを使ったひと皿は「冷たい海」と題されてアミューズに。海抜85mの「砂漠海岸」はタラバガニやバターナッツ・スクワッシュ(カボチャの一種)、キュウリで。海抜4200mの「極端な高地」なら、トウモロコシ、熟成牛肉、南米特有のハーブであるウアカタイで、それぞれの風土を表現。同じ高度で育つ食材は相性がいいのか、日本で暮らす人々にとっては不思議な組み合わせであっても、スッと馴染む味わいである。
「海霧」。オリジナルの器も相まって、海を感じさせる世界観に。
海抜-14mの「海霧」は吸盤をカリカリに焼き上げたタコ、天然で青い色合いのスピルリナという海藻で作った泡に、イカ墨の細いクリスプをトッピングした一品。初めて食べるはずなのに、どこか懐かしさを覚えるのは気のせいだろうか。
「ペルーの国土の70%はアマゾン川流域にあり、湿度が高いところもそうですし、根菜を含め、野菜や植物をたくさん食べるところも日本と共通しています。また、MAZでは肉や魚を含め、8割は日本のいい食材を使っていますから」(マルティネス氏)。
多彩なカカオのデザート。
さらに日本の黒豚やヤーコンからなる「アンデスの森」をくぐり抜けるなどして、最後にアマゾン川の流域「アマゾニア」でデザートへとたどり着く。収穫して1週間以内に加工されたというフレッシュなカカオを使ったデザートは香りも味も圧巻だ。
「カカオは育てるのがすごく大変なのに、実以外はほぼ捨てられてしまうんです。それをなんとか利用できないかという発想から生まれたデザートで、甘味はヤーコンの汁を使ってつけています」(マルティネス氏)。
使用するのはチュンチョカカオ、マカンボ、コポアスの3種類のカカオの仲間。チュンチョカカオのニブは発酵、ローストして練ったペーストに。カカオのパルプ部分はグミのような食感の紐状にして。カカオのパルプジュースはゼリーに、カカオのハスク(薄皮)は飲み物に。マカンボはキャラメライズしてクリームブリュレに、コポアスはソルベにとその一品、一品を口に運べば、カカオというフルーツがもつ華やかさ、芳醇さに圧倒されるはずだ。
左/『MAZ』ヘッドシェフ、サンティアゴ・フェルナンデス氏。右/ヴィルヒリオ・マルティネス氏。
東京のキッチンを任されるのはペルー『Central』で腕を磨き、マルティネス氏の右腕として信頼を得るサンティアゴ・フェルナンデス氏だ。
「食を愛するということは、単においしい食事をとるということではありません。“母なる大地”との関係や価値観にまで踏み込んでいく必要があります。食材に敬意を払うことは、食材に感謝することと同じくらい大切なことなのです」というマルティネス氏の哲学を受け継ぎ、スタッフと共に体現していく。
テーブル20席。
ペルーの作家に作ってもらった器やカトラリーなど、こだわりが隅々まで行き渡る、この店でのできごとはスタイリッシュで刺激的だ。だが、その奥には「じゃがいもの原産地なのに、安いからといって大量のアメリカ産じゃがいもが輸入されていたことに疑問を感じた」ことに端を発し、ペルーの食を根源的なところから訴えかけるマルティネス氏の思いがあることを、忘れずにいたい。
MAZ(マス)
東京都千代田区紀尾井町1-3 東京ガーデンテラス紀尾井町3F
TEL: 03-6272-8513(15:00〜17:00)
17:00〜23:00/火曜休
料理はコースのみ、24,200円(ベジタリアン対応あり)。ドリンクはアルコールペアリング15,950円、ノンアルコールペアリング10,450円。
https://maztokyo.jp