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フォンダシオン・カルティエ──記憶と光を受け継ぐ新たな舞台

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

1984年、カルティエ財団(Fondation Cartier pour l’art contemporain)は、当時カルティエ社を率いていたアラン=ドミニク・ペランによって創設された。
目的は単なる企業メセナではなく、現代の創造を支える「出会いの場」を社会に開くこと。
最初の拠点はパリ郊外、ジュイ=アン=ジョザ(Jouy-en-Josas)のモンセル邸地内にあった。
緑豊かな庭園に囲まれたこの地で、1984年から1993年までの約10年間、マリー=クロード・ボー(Marie-Claude Beaud)の指揮のもと、アーティストたちは自由に作品を構想し、観客と交わる場が築かれた。
のちにその名を冠した「Studio Marie-Claude Beaud」は、この時代の精神=“アートは対話から生まれる”という理念を受け継ぐ空間である。

1994年、財団はジャン・ヌーヴェル設計によるガラスの建築を擁し、パリ14区ブルバール・ラスパイユへと移転した。
街に開かれた透明な外観は、カルティエの哲学を象徴し、現代美術を都市の日常に溶け込ませる新しいモデルとして注目を集めた。
その30年後、2025年。財団は再び場所を変える。新拠点はルーヴルとコメディ・フランセーズに挟まれたパレ・ロワイヤルの一角。19世紀に「グラン・マガザン・デュ・ルーヴル」として誕生し、のちに「ルーヴル・デ・ザンティケール(Louvre des Antiquaires)」として古美術商たちの拠点となった歴史的建物が、カルティエ財団の第三の舞台として蘇った。
建築家ジャン・ヌーヴェルが再び改修を手がけ、総面積約8,500㎡のうち6,500㎡を展示空間に。煉瓦や石積みの“地肌”をあえて残し、ガラスと鋼の新構造を重ねることで、過去と未来が同居する建築として再生させた。
階層を貫く吹き抜けは光を導き、外のパレ・ロワイヤル広場と呼応するように、都市そのものを内部へ取り込む。カルティエという名は、ラグジュアリーの象徴であると同時に、「文化を通じて人間の想像力を守る」という理念を持つ。
その思想は創設以来変わらない。新しい拠点は、まさにその信念を空間として具現化したものだ。

光と記憶をめぐる展示構成


開館記念展《Exposition Générale》は、財団が40年間にわたり収蔵してきた約4,500点から600点を超える作品を選び、世界各地のアーティストを紹介する。
それは単なる回顧ではなく、「人間と自然」「科学と詩」「時間と記憶」を結び直す壮大な試みである。吹き抜けの中心には、ブラジルのソランジュ・ペソア(Solange Pessoa)による巨大な吊り作品《Miracéus》が浮かぶ。

有機的なフォルムと土の質感が建築のスケールと共鳴し、生命の痕跡と大地の記憶を空間全体に満たしている。周囲の壁面には、パラグアイのグラン・チャコ地域に暮らすニバクレ族とグアラニ族によるドローイング群《Artistes du Gran Chaco》。黒一色の素朴な線が、森と儀式、日常の記憶を繊細に描き出す。

その奥のホールには、オルガ・デ・アマラル(Olga de Amaral)の黄金と赤の織壁《Muro en rojo》(1995年)がアンドレア・ブランジ(Andrea Branzi)の構造物《Gazebo》(2008年)と対峙する。織と建築、柔と剛の対話が、空間の重力を新しい均衡へと導いている。

さらに、メキシコの陶芸家グスタボ・ペレス(Gustavo Pérez)の《Sans titres》シリーズ(1997–2022)は、器の表面に刻まれた直線と曲線の対位法を通して、彫刻と工芸の境界を超える静かな呼吸を見せる。その配置は、建築の円環と呼応するように設計されている。

人と都市、光の呼吸


展示の合間には、窓越しに見えるパレ・ロワイヤルの石柱列が、作品と都市との間をつなぐ装置となっている。外光が差し込み、通行人の影が映る瞬間、この建物そのものがひとつのアートとなる。デイヴィッド・ハモンズ(David Hammons)の《Untitled》(1995年)は、壁に放射状に配置された木製の仮面群が照明によって二重の影を生み、匿名の存在とその不在を静かに語る。

アラン・セシャス(Alain Séchas)の《La Grosse Tête》(1986年)は、極端なプロポーションの人物像で日常の滑稽さを浮かび上がらせる。

横尾忠則の二作《The Spa Lotus(Geisha’s Mirror)》と《Water Circulation》は、浮世絵的構図とポップの図像が交差する絵画空間で、記号化された身体を現代の寓話として提示する。

アネット・メサジェ(Annette Messager)の《Mes ouvrages》(1988年)は、手書きの言葉と小さな写真を糸のように結び、記憶と身体の断片を織り上げた地図のような作品。見る者の視線が文字を辿る行為そのものが“作品”となる。

素材と記憶をめぐる層


下層階では、アブサロン(Absalon)の白い構築体《Propositions d’habitations》(1990年)が理想の住居の模型として並ぶ。
それは個人の身体を基準にした建築であり、“住むこと”を規定する社会的枠組みへの問いでもある。

フランスの写真家レイモン・ドゥパルドン(Raymond Depardon)の《Rural 1972–2018》は、農村の室内に沈む午後の光を通して、生活の痕跡と時間の層を描き出す。

パティ・スミス(Patti Smith)のポラロイド群《Paris, Etc.》(2008年)は、街を歩く詩人の眼差しとして、記憶を即興の詩のように映し取る。森山大道の《Tokyo Color》(2008–2015年)は、都市の熱を色彩の粒子としてとらえ、現代の都市写真を感覚の領域へ押し広げている。

科学と詩、そして光


ベルギーのアーティスト、パナマレンコ(Panamarenko)の潜水艦型作品《Panama, Spitzbergen, Nova Zemblaya》(1996年)は、科学実験と詩的発明のあいだを漂う装置。内側の計器や蛍光灯の緑が、実際の航行を夢想させる臨場感をもって観客を包み込む。

アメリカの光の作家ジェームズ・タレル(James Turrell)の《Skeet》は、赤と青の光が壁面の開口から放たれ、空間全体を紫に染める。観る者は「視覚の空間」と「知覚の空間」の境界に立ち、光そのものを物質のように体験する。
タレルが“知覚の劇場”と呼ぶこの装置は、カルティエ財団が掲げる「アートと科学の融合」を象徴する存在だ。

ディラー・スコフィディオ+レンフロ(Diller Scofidio + Renfro)が制作した《Exit》では、気候変動や移民、言語の変化など、地球規模のデータが音と映像によって可視化される。数字が詩に変わるその瞬間、観客は世界の“現実”を体験として受け止めることになる。

土地と神話をつなぐ声


展示の後半では、ブラジルやインドの作家たちが、地域の神話や儀礼を現代的な造形に結び直している。
イザベル・メンデス・ダ・クーニャ(Izabel Mendès da Cunha)の陶像群は、祈る母や娘の姿を土の肌に刻み、女性たちの記憶を永遠の物語へと昇華させる。

ジーヴヤ・ソーマ・マシェ(Jivya Soma Mashe)は、ワルリ画の伝統をもとに《Fishnet》(2009年)を描き、人と自然の営みを点と線で構築する。

アドリアナ・ヴァレジャン(Adriana Varejão)の《Travel Diaries: Yãkoana》は、ヤノマミ族の植物“ヤコアナ”を題材に、科学と神話のあわいを絵画として記す。

建築の記憶、そして未来


展示空間の随所に残された煉瓦や石の断片は、かつてこの建物が百貨店であった時代の記憶を語る。アーチの下に覗く地肌は、19世紀の構造美と現代建築の融合を象徴している。同館の一角では、その当時の図面や文献も紹介され、都市と建築の記憶がアートの文脈へと組み込まれている。

ミュージアムショップには、再開館記念の図録や作家書籍が並び、建物のファサードを再現した飛び出す絵本も制作された。日常へ戻る前のひととき、来館者はその立体的なページを開きながら、この空間で見た光と時間をもう一度たぐり寄せる。

見るという行為の再発見

かつて消費の殿堂だった建物に、いまは思考と感覚の光が満ちている。
カルティエ財団の新しい拠点は、芸術の「展示」ではなく、「対話と時間の体験」を提示する場所だ。光を見つめ、データを聴き、土の肌を感じる―その一つひとつの行為が、世界をもう一度見直すための手がかりになる。フォンダシオン・カルティエ、パレ・ロワイヤル。ここでは、見ることが再び、私たちの未来を想像する力に変わっていく。

GALLERY

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パレ・ロワイヤル広場に面した石造アーケードのファサード。ルーヴルとコメディ・フランセーズのはざま、都市の動線が交差する一等地に、オスマン期の均整を残す歴史的建物を改修して財団の新拠点としている。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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