三つの太陽が交差する時 ― ルーヴル「Mécaniques d’art」展

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

「時を知る」ことは「時を支配する」こと


時を知るということ―それは人類が古代から続けてきた営みである。冬の到来を察知して食料を保存する時期を知る、あるいは種をまく季節を見極める。生き抜くための知恵として、すでにラスコー洞窟の壁画には星の配置が描かれ、天体と時間の関わりが記されていた。
文明が発達すると、時間を知ることは宗教的な意味をも帯びる。日に何度も祈りを捧げるためには、より正確な時間の把握が欠かせない。労働や儀式を行うべき時、あるいは避けるべき時を知ることもまた生活の基本であった。そしてこれらの多くは天体の運行を基準としていた。
やがて「時を知る」ことは「時を支配する」ことと重なり、時計は富や地位を示す象徴となる。正確な時を刻む技術は洗練を極め、天体の運行を組み込む複雑な機構が発展していった。さらに、音を奏でたり人形が動き出したりするオートマトンは、時計技術と芸術表現の頂点を示す存在となる。
こうした文脈の中で、パリ・ルーヴル美術館において「Mécaniques d’art(機械芸術)」展が開催されている。本展の中心を担うのは、創業270周年を迎えたヴァシュロン・コンスタンタンが製作した壮大なオートマトン「La Quête du Temps(時の探求)」だ。

天文学的現象をも再現する巨大な天文時計


この作品は6,293個の部品と23の複雑機構を備え、天文学的現象をも再現する巨大な天文時計である。内部には鐘を鳴らす音響機構、指で時を示すヒューマノイド、透明な天球に描かれた星座などが組み込まれ、機械仕掛けの宇宙劇を繰り広げる。展示ではヴァシュロン・コンスタンタンのスタッフが常駐し、作品と「時」について解説を行う。そして本来は一日一度だけ動き出すこのオートマトンを、毎時デモンストレーションとして稼働させる。鐘が鳴り響き、人形が一礼して時を示す瞬間、観客は誰もが息をひそめ、その儀式を見守る。ルーヴルの一角に静寂が訪れる、神聖な時間である。

高度な技術を誇るルーヴルの貴重な時計コレクション

周囲にはルーヴルが誇る貴重な時計コレクションが並ぶ。プトレマイオス時代(紀元前332〜30年)の水時計の断片は、夜空と季節を基準に時間を測った古代人の知恵を伝える。10世紀スペイン・コルドバで制作されたクジャク型の自動時計は、礼拝の時を告げるために工夫されたもので、すでにオートマトンの原型を備えていた。さらに、ギリシア神話と科学を融合させたアトラス像と天球儀、そして18世紀の「天地創造の時計(Pendule dite ‘De la Création du Monde’)」へと続く。天地創造をテーマにしたこの大作は、太陽の光を象徴する放射状の装飾に秒針を備え、当時としては高度な技術を誇っていた。

物語を結ぶ「三つの太陽」


展示室の壁には太陽王ルイ14世の肖像が飾られている。その背後に置かれた「天地創造の時計」と、現代の「La Quête du Temps」が並ぶ姿は、まさに「三つの太陽」が出会う空間を作り出している。王権の象徴としての太陽、啓蒙の科学が描いた太陽、そして現代の機械芸術が示す太陽。それらは時を超えて互いに呼応し、人類が追い求めてきた「時と宇宙」の物語を一つに結び合わせる。
「Mécaniques d’art」展は、単なる時計の展示ではない。古代から現代に至るまでの、人類の叡智と美意識が結晶した「時と機械の芸術」の物語である。その中心に置かれたヴァシュロン・コンスタンタンのオートマトンは、過去と未来を繋ぐ象徴として、今を生きる私たちに「時」とは何かを改めて問いかけている。

Mécaniques d’art(機械芸術)

会期:2025年9月17日~2025年11月12日
会場:ルーヴル美術館、スリー翼(Aile Sully)
主催:ルーヴル美術館 × ヴァシュロン・コンスタンタン
公式サイト:louvre.fr

GALLERY

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基部に組み込まれた銀色のシリンダーは、内部のハンマーによって打たれ、鐘の音色を響かせる装置だ。時間を知らせる役割を超え、音楽的体験として「時」を聴覚化している。また上部に伸びる細いワイヤーは、天球内のヒューマノイドを操るための仕組みであり、複雑な動作を連動させる。視覚と聴覚を結びつけたこの構造は、単なる時計を超えた「劇場型オートマタ」としての存在感を放っている。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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