フェラーリにとってビジネスの中軸であるV8・リアミッドシップのラインナップ。
そのフルモデルチェンジといえば、スーパーカーセグメントにおいては指標が更新されるも同然という出来事に値する。
488GTBに代わり新たなリーダーとなるだろう、その名はF8トリブート。
英語に直せばトリビュート、その意はすなわち賛辞ということになるだろうか。
一説にはこの先、フェラーリでさえエンジンの電動化の道は避けられず、純粋な内燃機関で構成されたV8ミッドシップはこれが最後になる・・がゆえのネーミングではないかとも言われるが、フェラーリのエンジニアは真相を明かさない。
搭載される3.9lV8はフェラーリの社内コードでF154型と呼ばれており、488GTBのそれをベースとしている。が、その中身はレース活動やリミテッドモデルのために費やされてきた技術が余さず反映されたものだ。
骨格の素材をオールアルミとし、コンロッドをチタン製とするなどの材料置換を施したほか、クランクシャフトやフライホイールは1kg以上の軽量化が施されており、慣性質量は488GTB比で17%低減されている。
もちろんバルブやスプリング、カムなどのヘッド系も専用チューニングが施されたほか、IHI製のターボチャージャーはタービンの回転数データをエンジンコントロールユニットに伝達、新たな吸排気レイアウトも採用し、緻密な燃焼制御を実現している。
これらのチューニングが奏功し、F8トリブートは720ps&770Nmを発生。特にトルクはクラス屈指の数値で2.9秒という0〜100km/h加速にも大きく貢献している。
更に最高速は340km/hに達しており、また一歩ライバルを引き離すパフォーマンスを実現した。
458&488世代のシャシーをベースとしながら、そのイメージを塗り替える新たなスタイリングはインハウスによるもの。フェラーリといえば古くはイタリアの著名カロッツェリアであるピニンファリーナとのコラボ的なイメージが強いが、昨今はその限りにあらずというわけだ。現在のスーパーカーカテゴリーにおいてはその速さを御するために、空力性能がトップパフォーマーの最も重要な競争領域となっている。それをスタイリングとインテグレードするためには、エンジニア側に最も近い社内デザインの存在が不可欠になるということだろう。
実際、F8トリブートの形状にはほとんど加飾らしきものがない。象徴的なボンネットのSダクトは、フロント下面からボンネットに抜ける過程で流速を高めた走行風によって、前面の空気を車体側に引き寄せて後方まで沿わせながら理想的な空力環境を作り出すためのもので、F1の世界でフェラーリが先鞭をつけたそれを市販車にフィードバックしている。ブレーキまわりの排熱に効果を発揮するフェンダーのエアアウトレットや、効率的なエアインレットを兼ねた小さなスポイラー、フラットな床面のディフューザー効果を最大限に発揮するエキゾーストデザインなど、それらはすべからく性能向上のための理由がある。さながらドイツ車のように理詰めでありながら、それをきちんとスーパーカーとして昇華させているところに、フェラーリのプライドがみてとれるだろう。
車内に収まって内装に目をやると、装備面や仕上げ質感が確実に向上していることが伝わってくる。そして車内空間は相変わらずこの手のモデルとしては相当に広く使いやすい。
ひとつ気になることといえば歴代V8モデルのオマージュである樹脂製のリアウインドウだ。
ベンチレーション効果も高められているものの、ルームミラー越しの後方視界にはその特徴的なスリットが被ってしまう。このクルマを象徴するディテールゆえ、痛し痒しといったところだろうか。
スタートと共に回転数が跳ね上がりサウンドが弾ける辺りは相変わらず。しかし程なく回転を落として音量は落ち着いたものとなる。今日びのフェラーリには思いがけず紳士的な一面もある。
タウンスピードでのマナーは文句のつけようがない。ミッションの繋がりも低回転域のクラッチマナーもこなれているし、来年の欧州排出ガス規制を先取りでクリアした新しいV8ターボもそのトルクリッチぶりに変わりなく、軽くなった車体を望み通りに、かつ瞬時に押し出してくれる。
街中から高速域に至る常用的な速度域において、もっとも驚かされるのは乗り心地の良さだ。
458から488と進化の過程で洗練されてきたその点が、今回は一気にジャンプアップした感がある。しかもそれはダンパーやタイヤといった表層的なものに依存した感じではなく、足まわりの精度やステアリングの支持剛性といった、骨格周りの熟成によるところが大きい。不快な振動要素が減ったことによる根本的な質感の向上という本質的な改善が効いている。加えて石跳ねやロードノイズといった下回りの音環境の改善などもあり、F8トリブートはあらかたの日常でこのカテゴリーでは望めなかった快適性をもたらしている。
速い遅いの話は言うまでもないだろう。全開時の爆発力は正直なところ、体がまともに受け止められないほど強烈だ。そして控えめに思えていたサウンドもそういう話になればファンファンと心地の良い音色を轟かせる。環境規制対応でエンジンが眠くなってしまうのではないかという心配は完全に杞憂で、吹け上がりの鋭さもトップエンド付近の伸びやかさもしっかり進化の跡がみてとれる。
回し始めれば夢中にさせられる、お見事に誘惑的なエンジンだ。
そんなものだから、ウェットのワインディングでは手足の指が攣りそうな緊張感に襲われる・・かと思いきや、さにあらず。常識的にさえ運転していれば、このクルマは努めて従順に、しかもそんな状況でさえ活き活きと連続するコーナーを駆けていく。
鍵となるのは巧みなボディコントロールデバイスの連携だろう。
コーナリング時のスリップアングルをフィードフォワード制御し、最適なドリフトコントロールや最速のグリップコントロールをアシストするプログラムは先代のスペチアーレモデルであった488ピスタからのフィードバックを更に一歩進化させたもので、これにより、コーナリングスピードの向上やカウンターステアの操作量低減のみならず、直進時のスタビリティ確保など様々な姿勢安定性が保持される。
姿勢の良さという点でいえば、サスペンションのセットアップも見事なもので、いかなる状況でもフロント側の接地感をしっかりと伝えながら急激なヨー変化を巧く受け止めてフラットな所作を実現している。
助手席側ではワインディングでさえ眠れてしまう動きのしなやかさ・・といえばその懐深さは伝わるだろうか。
F8トリブートは性能面においてスーパーカーの水準を改める存在になるという想定が達成されていることに疑いはない。
その類まれな万能性は多くのユーザーを喜ばせることになるだろう。
渡辺敏史・文