今年、GT−Rは登場から半世紀という区切りを迎えた。
1969年に誕生したのはC10型スカイライン、通称ハコスカをベースとしたものだ。
このハコスカ版GT−Rは当時のツーリングカーレースで圧倒的な成績を収め、
その栄光をケンメリと呼ばれた次のC110型に引き継いでいく。
が、第一次オイルショックにより国内の景気は急後退。
ケンメリ版GT−Rはレース参戦もままならず、200台にも満たない生産台数をもって販売中止となった。
この後、16年に渡りGT−Rの名は封印されることとなる。
復活を遂げたのはバブル華やかりし89年のことだ。
R32型スカイラインをベースとしたそれは、やはり当時のツーリングカーレースでの優位を前提に排気量などを決め打ち、GT−Rの第一世代と称されるハコスカ時代の圧勝ぶりに匹敵する常勝体制を形成した。
と同時に、そのポテンシャルをチューニングによって引き出すユーザーも続出。
世界最速を体験するに最短の選択肢とされてきた。
そして現行のR35型GT−Rが登場したのは07年のこと。
世界のスーパースポーツが性能指標とする独ニュルブルクリンク北コースのラップタイムで量産車最速を叩き出し続けたそれは、発売とともにプレミア物件となった。
読者の皆さんの中にも、争奪戦の想い出をお持ちの方はいるのではないだろうか。
発売当初のR35GT−Rは、異次元級の速さが垣根なく体験できる一方で、
乗り心地や静粛性などの質感面に難のある、
いってみれば世界最速を獲るならばなりふり構わぬといった感のクルマだった。
中にはその粗雑さに嫌気が差して早々に手放したという人も多かったように思う。
と、そういう人にこそまず触れてみて欲しいと思うのが、20年型のGT−Rだ。
14年型以降、GT−Rはサーキットベストのグレード「ニスモ」にレーシングスピード、
すなわちRの領域の速さを担わせつつ、基準グレードはGT的な性能を高めていくというキャラクター二本立ての策を採っており、17年型ではデザインの変更を含む大きなマイナーチェンジでその意向を更に強めてきた。
現在のGT−Rは街乗りからロングドライブまでをそつなくこなす柔軟性を身につけており、
その乗り心地はポルシェ911やフェラーリ488GTBといった世界のスーパースポーツの範と比べられるほどにこなれている。
発売当初は巨大に感じられた車体も現在のスーパースポーツの寸法感覚からいえば控えめな方だろう。
その中に2人用の後席と、大きめのスーツケースも収まるトランクを備えるなど、GT−Rの伝統を踏まえたスペースユーティリティの高さも美点だ。
一方で、R側を担うGT−Rニスモは、より高められたパワーや全面的に改められたエアロパーツによる空力特性の改善、それら部品のカーボン化による軽量化など、正攻法でサーキットパフォーマンスをゴリゴリに高めてきた。
スーパーカーたちが自らの実力を数値化するに絶好の対象となっている独ニュルブルクリンクの北コースでは最速7分8秒台のタイムを5年前に叩き出し、その性能を世に示したわけだ。
一方でそのドライブフィールは容赦なしにハードで、ギチギチに詰められた機械の精度感みたいなものに共鳴できる一部の方々にはまだしも普通の人には身に余るというか荷が重いと言うか、金額的なことを抜きにしてもそういう敷居があった。
20年型のGT−Rニスモの価格は2420万円。
日本のスポーツカーとしてはNSXに並ぶところ、ちなみにポルシェであれば911GT3も911ターボも手に入るほどの値札だ。
先代ニスモに対して500万円以上値上がりした、その相当分はほぼ全て走りのために費やされている。
ブレーキはブレンボのカーボンセラミックシステムを投入、410mmのフロントディスク径は世界最大級のサイズとなり、制動の絶対能力にストレートに跳ね返る。
そしてフェンダー、ボンネットにルーフパネルにトランクリッドとアウターパーツの主だったところは軒並みカーボン化され、重量は先代ニスモより更に20kg絞り込まれている。
出力は600psと同じだが、タービンのフィン形状やシール材、ベアリングなどにも手が加えられレスポンスは大きく向上、タイヤも専用設計となり、より強力になった旋回Gに合わせてシートの骨格も見直し…と、変更点は微に入り細に入り、だ。
これらの成果として20年型のGT−Rニスモはサーキットでの身のこなしが一段と軽快に、かつ正確になった。
アクセルと駆動力の直結感はもとより、微妙な操作量の変化にタイヤのスライドコントロールが完璧に呼応する、その応答性の高さは見事なものだ。
ブレーキの制動力やペダルフィーリングはさすがに安定しており、カチッとしたタッチで気持ちいいほどよく停まってくれる。
一方で、新しいGT−Rニスモは一般道でのドライバビリティが歴然と整ったものになった。
これはタイヤ形状の見直しやカーボンセラミックブレーキの採用によるバネ下重量の軽減が効いているだろう。
路面の凹凸やジョイントでもインパクトを和らげて穏やかに転がる感触は、さすがに標準車同然の快適性とは評せないものの、およそサーキットのパフォーマンスからは想像できない上質さだ。
とはいえ、さすがにその好戦的なナリでは持つ気にさせられない…という向きには、標準車とニスモの間を取り持つトラックエディションというグレードも用意されている。
これは平たく言えば標準車のルックスにニスモの補強ボディとサスを組み合わせたもので、オプションでのカーボンセラミックブレーキやカーボンルーフなどの装着も可能だ。
登場から十幾年と聞けば古さは否めず…という印象とは裏腹に、GT−Rは今もスポーツカーの世界で最前線を走るに相応しいポテンシャルを維持し続けている。
GTとしてその快速と多用途ぶりを満喫するもよし、サーキットをきっちり走り込むもよし、その楽しみの幅はむしろ大きく広がったといえるだろう。
渡辺 敏史・文