凝灰岩の国境、あるいは凍結された時間 —— Loches

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

ロワールの支流、アンドル川の畔。 ここにあるのは、牧歌的なフランスの田舎町ではない。 白亜の石灰岩(トゥーファ)が吸い込んだ光の奥に、かつてここが「国境」であった時代の緊張が、今も微かに振動している。
ロッシュ(Loches)。 この街の石は、単なる建築資材ではない。フランス王領と、強大なるプランタジネット家(英国・アンジュー)の領土が接する最前線で、数世紀にわたり衝突と均衡を支え続けてきた「歴史の防波堤」である。
昨夜、街の地下に広がる石切り場(Carrière)の暗闇に触れた。 地上に積み上げられた城や教会はすべて、あの地下の空洞から生まれた。不在の石が地上で権力を形作る。この街は、光と闇、地上と地下、そして過去と現在が、地層のように重なり合っている。

垂直の意志、黒いハヤブサの影


街のスカイラインを支配するのは、11世紀の暴力的なまでの意志だ。 アンジュー伯フルク3世ネラ(Foulques Nerra)。「黒いハヤブサ」と呼ばれたこの武人は、1035年、高さ36メートルに及ぶドンジョン(主塔)を完成させた。
装飾を一切拒絶した荒々しい石積み。 それは美学ではなく、生存本能の結晶だ。壁面の傷跡は、ここが優雅な宮廷である以前に、鉄と血の匂いが充満する軍事要塞であったことを無言で語る。 その後、英国王ヘンリー2世によって要塞化されたこの場所は、父と子、夫と妻が争う権力闘争の舞台となり、石壁は人間の業を記憶していった。

凍結されたルネサンス


15世紀、シャルル7世の時代に、ロッシュは一時の安息を得る。 無骨なドンジョンの足元に築かれた「王の居城(Logis Royal)」は、大きな窓を開け放ち、光と風を招き入れた。愛妾アニェス・ソレルの美しさが、石の冷たさを和らげた時代。
だが、ロッシュの時間はそこで止まる。 なぜ、この街はベルサイユのように華美にならず、あるいは近代都市へと変貌しなかったのか。 答えは「平和」と「監獄」にある。
百年戦争が終結し、国境の脅威が去ると、王たちは防衛機能を捨て、シャンボールやシュノンソーといった優雅な離宮へと移っていった。 取り残された堅牢すぎる要塞は、住むには不便で、壊すには強固すぎた。 結果、ルイ11世はこの城を「王立監獄」へと転用する。
悪名高き「鉄の檻」。 光を奪われた石の空間で、政治犯たちが絶望的な時間を過ごす間、外の世界では時計の針が進んでいた。しかし、ロッシュだけは「監獄」という機能によって開発から隔絶され、中世とルネサンスの境界線上で、真空パックのように時間を凍結されたのである。

鉄と真鍮、時を刻む「つなぎ目」


ドンジョンの「止まった時間」から、ふと街へ視線を落とす。 市庁舎(Mairie)のルネサンス様式の門(Porte Picois)の奥に、ある機械が鎮座している。
17世紀、近郊のシャルトルーズ修道院で作られた塔時計のメカニズム。 鉄と真鍮、そしてブナの木枠。 1998年に時計師ジル・ヴァソール(Gilles Vassort)の手によって修復されるまで、この巨大な歯車は、祈りの時間を、そして革命後は市民の時間を管理し続けてきた。
重厚な歯車が噛み合う音。 それは、石の永遠性に抗うように、人間が作り出した「律動」である。 かつて修道僧が管理し、市役所が守ってきたこの「機械仕掛けの時間」は、今、より個人的で、より繊細な領域へと受け継がれている。
私たちは、巨大な石の歴史と、この鉄の鼓動を背に、街の片隅にある小さなアトリエへと向かった。 そこには、止まってしまった誰かの時間を、指先ひとつで再び動かそうとする職人が待っている。

GALLERY

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王城(シテ)の高台から見下ろすロッシュの街並みは、数世紀前から呼吸を止めているかのようだ。 ロワール地方特有の青黒いスレート屋根(Toits d'ardoise)が、波のように連なる。 その暗い海原の中、雲間からの一条の光が白い塔(サン=タントワーヌ鐘楼)だけを劇的に照らし出す。 ここには、現代のノイズが一切ない。 中世の都市計画と、ルネサンスの石塔、そして変わらぬ空の色。 「過去が残っている」というよりも、まるで我々の方が中世という巨大な時間に迷い込んでしまったかのような錯覚。 旅の終わりに、ロッシュは静かにその「不変」を証明してみせた。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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