Saint-Louis、Meisenthal、Lalique —— アルザスに結晶した三つの頂点

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

クリスタル、クリスマス、装飾芸術へ
アルザスが“フランスのガラスの中心地”である理由は、単に長い歴史を持つからではない。この地には、国家のクリスタル、季節の記憶、そして世界的な装飾芸術ブランドという、三つの決定的な到達点が存在する。Saint-Louis、Meisenthal、そして Lalique。第3話では、この三つの「完成形」が、いかにして同じ森と炉の延長線上に生まれたのかを辿っていく。

Saint-Louis —— 国家と結びついたクリスタル


ヴォージュ山地の森に囲まれた Saint-Louis の工房は、1586年にガラス工房として創業された。だが、この場所がフランス史において特別な意味を持つのは、1767年に王立マニュファクチュールの称号を得た後、1781年にフランス初の鉛クリスタル製造に成功したことにある。
それまでのガラスは、日用品であり、あるいは装飾品であった。しかし鉛を加えることで屈折率と透明度が飛躍的に高まったクリスタルは、光そのものを操る素材となった。カットによって生まれる鋭い反射、重量感、澄みきった透明度。それは単なる器ではなく、「国家の威信」を体現する工芸へと昇華していった。

以後、Saint-Louis のクリスタルは、宮廷、外交、国家行事と密接に結びつく。王侯貴族の食卓、祝宴のシャンデリア、そして公式の贈答品。クリスタルは、フランスという国の「格式そのもの」を可視化する存在となった。
現代において Saint-Louis は Hermès グループの傘下にありながらも、工業製品でも単なる高級ブランドでもない。原料の調合から溶融、成形、カット、研磨に至るまで、全工程が今なおマニュファクチュール内部で完結する、稀有な存在であり続けている。森と炉から始まった技術は、いまも途切れることなく、“国家のクリスタル”として光を放ち続けている。

Meisenthal —— 実制作の核から「季節の記憶」へ


もし Saint-Louis が「国家と結びついたガラス」だとするなら、Meisenthal(マイザンタール)はまったく異なる方向からアルザスのガラス史を支えてきた場所だ。
18〜19世紀、この工房は日用品から装飾品まで、膨大な実用ガラスを生み出す巨大な生産拠点だった。同時に、この地はナンシー派の芸術家たち——ガレやドーム——が構想した意匠を実際に炎の中で形にする「現場」でもあった。芸術の頭脳と、実制作の肉体。その分業構造の中心にあったのが Meisenthal だった。

この工房が、やがて世界的に知られるようになる別の理由がある。それが、クリスマスツリー用ガラスオーナメント、ブール・ド・ノエルの誕生である。
1858年、リンゴの不作によって、ツリーに吊るす果実の代わりとしてガラスの果実が作られた。その発想は瞬く間に定着し、やがて球体へ、装飾性へと進化していく。内部に銀を化学的に定着させる「銀引き(アルジャンチュール)」の技法、金属酸化物による多彩な着色、モールによる成形、そして最終的な手仕上げ。これらすべての技術が、ひとつの小さな球体に凝縮されていった。
Meisenthal のブール・ド・ノエルが特別なのは、それがいまも毎年、年号入りの“その年だけの造形”として制作されている点にある。量産品でありながら、それは同時に「年に一度だけ生まれる作品」でもある。森と炉、職人の手、そして時間。アルザスの一年は、この小さなガラスの球の中に静かに封じ込められていく。

20世紀後半、工業生産としての役割を終えた Meisenthal の工房は、現在 **CIAV(国際ガラス芸術センター)**として再生された。ここは、伝統技法の保存と同時に、世界中の現代ガラス作家が滞在し、新たな表現を生み出す場でもある。産業の終着点が、創造の出発点として蘇ったのである。

Wingen-sur-Moder —— 芸術としてのガラス、Lalique の誕生


Saint-Louis が国家と結ばれ、Meisenthal が季節と結ばれたのだとすれば、Wingen-sur-Moder(ヴィンゲン=シュル=モデール)で生まれたラリックは、ガラスを「芸術」と結びつけた存在である。
ルネ・ラリックの出発点は、ジュエリーだった。だが彼は、貴金属と宝石だけが贅沢であるという価値観から離れ、ガラス、エマイユ、半貴石、角、象牙といった異素材を大胆に用いることで、まったく新しい装飾表現を切り開いた。透明と半透明、光の透過と反射。それはもはや宝石の代用品ではなく、ガラスそのものを主役としたジュエリーだった。
やがて彼が到達したのが、香水瓶という新たな舞台である。香りを収める器としてのガラスは、ブランドイメージそのものを体現する存在となった。花、女性像、幾何学、自然のリズム。そこに刻まれた造形は、アール・ヌーヴォーからアール・デコへと時代とともに変容しながら、20世紀の装飾芸術を象徴するビジュアルとなっていく。

1921年、ラリックはこの Wingen-sur-Moder に工房を構えた。そこにはすでに、職人、炉、原料、カット技術、すべてが揃っていた。Saint-Louis と Meisenthal によって培われた“ガラスの土壌”の上に、ラリックは自らの芸術を根づかせたのである。
今日、LALIQUE はクリスタルブランドとして、香水瓶、テーブルウェア、照明、建築装飾、さらにはホテルやレストランの空間演出にまでその領域を広げている。森と炉から始まったアルザスのガラスは、ここでついに「ブランド」という世界言語を手に入れたと言っていい。

三つの頂点が示す、アルザスという特異点

Saint-Louis は国家と結びつき、
Meisenthal は季節と結びつき、
Lalique は芸術と結びついた。
同じ森と炉の技術から生まれながら、この三つはまったく異なる方向へと結晶していった。だが、その根はすべて、ヴォージュ山地の霧、砂岩質の土壌、尽きることのない木々、そして国境という複雑な歴史の上にある。
アルザスのガラスとは、単なる産業史ではない。
それは、国家、生活、芸術という三つの物語が、同じ土地の上で同時に育った、稀有な文明の層なのである。

だが、この地のガラスは“ブランド”だけで完結しているわけではない。
今もなお、工房という最も小さな単位で、森と光に向き合いながらガラスを作り続ける作家がいる。
次回は、この旅を案内してくれたステンドグラス作家 ミレーヌのアトリエを訪ね、現代アルザスに息づく「個人のガラス」の物語へと向かう。

Musée du Cristal Saint-Louis(サン=ルイ・クリスタル博物館)
所在地:Rue Coëtlosquet, 57620 Saint-Louis-lès-Bitche, France
フランス最古のクリスタルマニュファクチュール、Saint-Louis の歴史と技術を紹介する公式博物館。
https://www.saint-louis.com
CIAV – Centre International d’Art Verrier de Meisenthal(国際ガラス芸術センター/マイザンタール)
所在地:Place Robert Schuman, 57960 Meisenthal, France
旧ガラス工場を再生した施設で、ブール・ド・ノエルの制作拠点としても知られる現代ガラス芸術の中心地。
https://www.ciav-meisenthal.fr
Musée Lalique(国立ラリック博物館)
所在地:40 Rue du Hochberg, 67290 Wingen-sur-Moder, France
ルネ・ラリックが工房を構えた地に建つ、フランス唯一のラリック専門美術館。
https://www.musee-lalique.com

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Diadème Cattleya(カトレア文ティアラ)1903–1904年頃制作。金、ダイヤモンド、角(コルヌ)、人工象牙、エナメルを用いたルネ・ラリック初期の代表的な宝飾作品のひとつ。蘭の一種であるカトレアの花を主題とし、花弁の立体的なうねりと、茎から放射状に伸びる構造を、宝飾として成立させている点が特筆される。中央の乳白色の花弁部分には、当時ラリックが積極的に用いた角や人工象牙が用いられ、宝石の価値よりも「素材の質感と造形そのもの」を前面に押し出す姿勢が明確に示されている。自然の植物を単なる装飾モチーフとしてではなく、構造そのものとして読み替える発想は、アール・ヌーヴォー期のラリックを象徴するものだ。貴金属と宝石による権威的なティアラとは異なり、Diadème Cattleya は、身体に添い、光を受けて微妙に表情を変える「生きた装身具」として構想されている。この時期の作品群に見られる、有機的造形、異素材の積極的な導入、そして花を通じた女性性の新しい表現は、のちにラリックがガラスという素材へと重心を移していく、その思想的な出発点ともいえる。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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