Hôtel Drouot──パリが育んだオークションの聖地

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

いまやネットオークションはすっかり一般化し、売るのも買うのも特別なことではなくなった。国内だけでなく海外のマーケットにもアクセスでき、日本ではなかなか出会えない逸品を手に入れる機会も増えている。その一方で、「ネットが普及すれば従来のオークションは消えてしまうのではないか」と囁かれて久しい。だが現実には、オークションの現場は今もなお健在である。

その理由は明快だ。ネット上では出品物の真贋や状態に不安が残るが、伝統的なオークションは違う。オークション会社のエキスパートが厳格に選別・鑑定を行い、下見会では実際に品物を手に取り確かめることができる。安心と信頼、そして何より“発見”の喜びがそこにある。時に世紀の大発見と呼ばれる作品が登場し、美術史の書き換えにまでつながることもあるのだ。

オークションの世界は実に幅広い。宝石や絵画、家具や書籍まで、多様なジャンルを専門とするオークション会社がしのぎを削っている。そして、それらの会社が一堂に会し、日々競売を繰り広げる“市場”がパリには存在する。パリ9区、リシュリュー通りに佇む Hôtel Drouot(オテル・ドロー)─そこは20室ものサルルームを備え、毎日のように異なるテーマのオークションが開催される、世界でも稀有なオークションハウスだ。

歴史と物語を宿す舞台


1852年、第二帝政期のパリに誕生した Hôtel Drouot は、それまで市内のあちこちで散発的に行われていた競売を一つに集約するために設けられた。国家資格を持つ commissaires-priseurs(公証競売人) が唯一のオークション実施者とされ、ドローはその公式な舞台として機能することになった。パリの株式取引所に匹敵する「美術と骨董の取引所」として、芸術文化を担う都市の中枢にふさわしい存在となったのである。
創設以来、ドローを通過した名品は数知れない。例えば1881年の ギュスターヴ・クールベの遺産セール、1884年の エドゥアール・マネの遺産セール は、美術史に残る重要な出来事として記録されている。また1918年には エドガー・ドガのアトリエ が競売にかけられ、そこから発見された膨大な素描や油彩が今日の美術館コレクションを形づくる一助となった。
ドローはまた、コレクターたちの壮大なコレクション解体の場でもあった。1897年のゴンクール兄弟のコレクション、1910年のカモンド伯爵の蒐集品──それらは単なる売買を超え、芸術の系譜を後世に伝える文化的な出来事であった。
1976年、老朽化した建物は取り壊され、1980年に現在のモダンな建物へと建て替えられたが、20室規模のサルルームを備えた“オークションの都市”としての姿は変わらない。今も日々、そこでは多彩な品が新たな所有者へと受け継がれていく。

今回の注目作:グイド・レーニの「失われた傑作」


この11月25日、ドローの一室で槌音が響く予定だ。その舞台に登場するのは、17世紀イタリアの巨匠 Guido Reni(グイド・レーニ, 1575–1642)の作品 David contemplant la tête de Goliath(「ゴリアテの首を見つめるダヴィデ」)である。9月にはすでに下見会が行われ、エキスパートによる解説のもと一般公開されていた。
通常レーニの作品は既知のものが多いが、この一点は「失われた傑作」として再発見され、希少性と話題性を兼ね備えている。推定落札価格は 200万〜400万ユーロ(約32億〜64億円)。競売に先立ち、フランス国内のみならずアメリカなど国外での展示も予定され、国際的な関心を集めている。

多彩なテーマと驚きの出会い


別の部屋を覗けば「PARIS MON AMOUR」と題されたオークションの下見会。そこにはパリ万博のポスターや地下鉄の看板といった、懐かしさと郷愁を誘うコレクションが並ぶ。美術品や宝飾品に縁のない人でも、不意に惹かれてしまう“パリの記憶”がそこにはある。

さらに隣室では「火の用心」の幟が掲げられ、日本のアニメの原画やセル画が並ぶ──ここでは世界の文化が同じ土俵で競りにかけられる。

オークションの体験


ドローでの入札は、登録さえすれば誰でも参加できる。会場で競り落としたジュエリーをそのまま持ち帰り、友人の誕生日プレゼントにする人もいれば、名画や希少本の落札を目指して世界中のコレクターが集う。高額な品は博物館が落札することもあるが、個人コレクションに収まれば再び公に姿を見せることはない。その前に下見会でじっくり鑑賞できるのも、ドローならではの特権だ。
現在ではオンライン入札も導入され、会場にいなくともリアルタイムで競りに参加できる。会場に響くオークショニアの声と、世界中の入札者がネットを通じて繋がる瞬間─そこには伝統と革新が交差する、現代のラグジュアリー体験がある。

Hôtel Drouot(オテル・ドロー)

住所:9, rue Drouot, 75009 Paris, France
電話:+33 (0)1 48 00 20 20
公式サイト:https://www.drouot.com
アクセス:地下鉄 Richelieu–Drouot 駅(メトロ 8号線・9号線)すぐ

GALLERY

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会場の入り口には、日本の「火の用心」と記された赤い幟が掲げられていた。思わず目を引く異国の文字は、この部屋で日本のアニメ原画やセル画を中心としたオークションが行われていることを象徴している。ドローならではの国際的な多様性を感じさせる光景だ。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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