Course des Cafés 2025 ― 都市文化としての優雅な競走

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai


「暑さ寒さも彼岸まで」とは言うものの、日本からの便りではまだ夏の余韻が残る。しかしここパリでは、すでに最高気温も20度を下回り、街は秋の気配に包まれている。セーヌ川では100年ぶりに遊泳が解禁され、パリ・プラージュが市民にバカンス気分をもたらした夏も終わりを迎えた。その締めくくりとして9月21日、パリ市庁舎前を舞台に「Course des Cafés 2025」が開催された。

伝統と再生


給仕たちがトレーに水のグラス、コーヒー、クロワッサンを載せ、こぼさぬようゴールを目指す―この競走は1914年に始まり、ウェイターの矜持を象徴する催しとして知られた。往時の映像には、モンマルトルの石畳を颯爽と駆け抜けるギャルソンの姿が記録されている。時代の流れとともに一度は姿を消したが、2024年にパリ市主催で復活し、再び都市文化の華として注目を集めている。

かつて「Course des garçons de café」と呼ばれたこの競走も、今日では女性参加者が増え、名称は「Course des Cafés」と改められた。今年は聴覚障害を持つ参加者も加わり、より多様で開かれたイベントとなっている。

都市を舞台にした祭典


コースはマレ地区からセーヌ川沿いを抜け、市庁舎前に戻る約2km。規則は至ってシンプルだが厳格である。走ってはならず、片手で持ったトレーの上の品をこぼしてもならない。違反すれば失格となり、今年も14名が姿を消した。
市庁舎前にはアプランティ部門(料理・サービス学校の研修生など未来のプロ)20名、現役のプロフェッショナル158名が並んだ。さらに一般参加150名も加わり、総勢328名の行列が壮観な開幕を告げた。

この日、ムッシュ・アンドレ・デュヴァルは76歳の誕生日を迎え、出走前に祝福の合唱が贈られた。アンヌ・イダルゴ市長も駆けつけ、市庁舎前は祝祭空間と化す。真剣にスピードを競う者、仲間と談笑しながら歩む者。その姿を支える沿道の声援は、普段のサービス業務では決して味わえぬ温かさに満ちていた。
橋の上からの声援を受けてセーヌ川沿いを進む光景は、古き良きパリのギャルソン・マラソンを思わせる。石畳の街を舞台に、日常の所作を芸術的な儀式へと昇華させるこの競走は、職業文化を祝福し、都市の歴史を映し出すものである。

勝者と名店


夕刻、笑顔を輝かせた参加者が次々とゴールへ帰還する。
– プロフェッショナル部門:1位 ジビ・ンデマネ(Bouillon Pigalle、18分29秒)、2位 ダヴィッド・ボードゥイ(L’Européen、18分30秒)、3位 マチュー・メネガ(Castel Café、18分57秒)。
– アプランティ部門:1位 ヴァランタン・マルク(Restaurant Sèson、19分02秒)。
上位には Le Bouillon Chartier、Café de Mars、La Boîte aux Lettres、Maslow、Musa といった人気店の名が並び、Café de Flore、Bofinger、Brasserie Le Royal、Lutetia、Café de la Paix といった歴史的名店、さらに Pingwoo、VG Parisserie、Coquelicot Bistrot といった新進の店も参加していた。

夏の終わりに



本年初めて設けられた一般参加部門には150名が挑戦し、市民もエプロンをまとって祝祭に加わった。伝統と革新が交錯するこの「Course des Cafés」は、パリの夏を華やかに締めくくり、都市が持つ無形の文化遺産としての輝きを改めて印象づけた。

GALLERY

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プロフェッショナルならではの所作。身体の一部のように扱うトレーを高々と掲げ、静かな緊張感のなかスタートの瞬間を待つ。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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