クリスマスはここから始まった —— ストラスブルグという聖地

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

ヨーロッパにおいて、クリスマスは単なる年中行事ではない。それは、冬至という天文学的な転換点、キリストの降誕という神学的な出来事、そして森と人間の関係史が幾重にも重なった、極めて重層的な時間として存在している。

冬の間も“終わらない命”を示す存在だった葉を落とさないモミやトウヒ


太陽の力が最も弱まる冬至は、古代の人々にとって「死に最も近い瞬間」であると同時に、「再び光が生まれる兆し」でもあった。ケルト文化圏ではこの日を境に、常緑樹が生命の象徴とされ、火と緑が闇に対抗する祈りのかたちとして用いられてきた。葉を落とさないモミやトウヒは、冬の只中にあっても“終わらない命”を示す存在だった。

冬至の祝祭とクリスマス


4世紀、ローマ帝国がキリスト教を公認し、やがて国教化する過程で、この冬至の祝祭は「キリストの誕生」という物語に重ね合わされていく。12月25日という日付は、まさにこの「光の再生」を象徴するために選ばれた。そしてここから、冬至は神話から神学へと意味を変えながら、クリスマスとして再編されていく。

モミの木に収斂された三つの意味


この思想を、具体的な“かたち”として世界に定着させたのが、アルザスである。
15〜16世紀、この地方ではすでにモミの木を屋内に立て、果実や象徴物で飾る習慣が確認されている。1419年にはストラスブルグで、公共的に装飾されたモミの木の記録が残る。これが今日のクリスマスツリーの原型とされている。
つまり、「常緑樹=生命」「冬至=再生」「降誕=光」という三つの意味が、ここで一本の木に収斂したのである。

信仰、共同体的分配の場として生まれたマルシェ


こうした宗教的・象徴的な時間の上に、市場=マルシェという都市文化が結びつく。
ストラスブルグのクリスマスマルシェの起源は1570年、宗教改革後に設けられた「Christkindelsmärik(幼子イエスの市場)」に遡る。単なる物資の売買ではなく、降誕を中心とした信仰の共有、冬を越すための食と火と光の共同体的分配の場として、このマルシェは生まれた。

宗教と政治の結節点であったストラスブルグ


ここで重要なのは、ストラスブルグが単なる地方都市ではなく、ローマ帝国、神聖ローマ帝国、フランス王国、ドイツ文化圏が幾度も交錯した宗教と政治の結節点であったという事実である。大聖堂が15世紀までかけて完成し、その大薔薇窓には13世紀からのステンドグラスが組み込まれているという時間構造自体が、この街の本質を象徴している。
建築は15世紀、光の物語は13世紀から続いている。
そこに描かれているのは、キリストの誕生に始まる救済の循環であり、つまりこの大聖堂そのものが、クリスマスという出来事の永続的な視覚化でもある。

「クリスマスの首都」としてのストラスブルグ


ストラスブルグが「クリスマスの首都」と呼ばれる理由は、規模や観光動線だけにあるのではない。
ツリーがここで生まれ、マルシェが宗教的祝祭として制度化され、ステンドグラスが降誕の光を今も保持している。
この三つが同じ都市空間に、しかも現在進行形で同時に存在している場所は、ヨーロッパ全体を見渡しても極めて稀である。

“時間の継承”としての祝祭であるクリスマス

実際のマルシェの風景については、ここでは多くを語らない。
甘い菓子、焼かれる肉、立ちのぼるヴァン・ショーの湯気、ガラスに閉じ込められた小さな雪景色、切り開かれたバゲットの上で溶けるムンスター、そして六世紀を超えて灯り続けるメゾン・カメルツェルの窓──それらはすべて、写真とキャプションのなかに、すでに十分な密度で息づいている。
ここで語るべきなのは、ひとつだけだ。
ストラスブルグのクリスマスとは、消費の祝祭ではなく、“時間の継承”としての祝祭であるということ。

冬至から始まり、モミの木に託され、降誕の光として可視化され、マルシェという都市のかたちをまとい、ガラス、菓子、ワイン、建築、そして人間の手へと受け継がれてきたもの。そのすべてが、この街では今も“連続した現在”として存在している。
だからここでは、クリスマスは再現ではない。
毎年、あらたに“起き直される出来事”なのだ。

【開催情報(2025年)】
開催期間:2025年 11月26日(水)〜12月24日(水)
開催時間:通常 11:30〜21:00、初日(11/26)は14:00開始、最終日(12/24)は18:00まで。
公式サイト:“Strasbourg, Capital of Christmas” — https://noel.strasbourg.eu

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無数のガラスのオーナメントが、屋台の中で小さな星のように揺れている。クリスマスツリーに飾られるガラス製のボールは、19世紀のアルザスで広まったとされ、かつて実りの象徴として枝に吊るされた林檎の代わりに生まれた装飾だという。吹きガラスの薄い表皮に閉じ込められた光は、森と工房、祝祭の記憶をそのまま映し返す。マルシェの喧騒の中で、この土地の工芸の血脈が、今も静かに息づいている。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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