ガラスに物語を宿す人 ミレーヌ・ビヤン、アルザスにて

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

ミレーヌ・ビヤン(Mylène Billand)は、ステンドグラスの職人であり、同時に物語を紡ぐ表現者でもある。
アルザスを拠点に、教会の修復、個人邸宅の窓、美術館でのインスタレーション、さらには上演形式の作品まで、ガラスという古い素材に新たな時間を与え続けている。その仕事は一見すると伝統的だが、近づくにつれて、明確に現代の思考を内包していることが分かる。

確かな職人教育により支えられている仕事の静けさ


彼女の基盤には、確かな職人教育がある。
ステンドグラスに特化したガラス芸術・技術分野の専門資格を取得し、Patrice Thinèsの工房やCERFAV(ヨーロッパガラス研究・訓練センター)で実地研修を重ねてきた。そこでは装飾的な表現以前に、ガラスという素材の構造、歴史、そして修復という行為の重みが徹底的に叩き込まれる。壊れやすく、しかし数百年の時間を耐えうる素材を前に、軽率な判断は許されない。その緊張感こそが、彼女の仕事の静けさを支えている。

ガラスを言語として「物語」を生み出す


一方で、ミレーヌの制作を単なる工芸の枠に留めないのが、文学とコミュニケーションの学びだ。
彼女の語りには常に「物語」がある。作品が置かれる場所、見る者の視点、光の移ろい。それらは場面の連なりとして構想され、ガラスはそのための言語となる。ステンドグラスは、絵画のように一瞬で読み取られるものではない。時間とともに変化し、見る位置によって意味を変える。その性質を、彼女は極めて意識的に扱っている。

多用な素材から予測不能な表情を引き出す


アトリエで向き合っている素材は多様だ。
均質な工業製ガラス、作家が吹いた一点もののガラス、さらには過去の日用品だったガラスの断片。そこに価値の序列はない。重要なのは、それぞれがどのように光を受け、どんな物語を引き受けられるかという点だけだ。均一なガラスは、構造を支える静かな存在として力を発揮する。一方、揺らぎや気泡を含むガラスは、像に予測不能な表情を与える。ミレーヌは、その差異を恐れず、むしろ構成の中に組み込んでいく。

窓から解放されて空間に舞台を作り出す

彼女のステンドグラスは、しばしば平面を超える。
層を重ね、距離をつくり、奥行きを与えることで、光は単なる透過ではなく、空間を形づくる要素になる。結果として、ガラスは「窓」から解放され、ひとつの舞台装置のように振る舞い始める。そこには、日本美術への関心――北斎に象徴されるジャポニズム――も静かに織り込まれている。それは異国趣味としての引用ではなく、物語構造への共鳴として現れている。実はミレーヌは日本が大好きで、かつて1ヶ月ほど滞在したことがあり、片言ながら日本語も話す。その親密さがあるからこそ、参照は表層的な「日本らしさ」に留まらず、構図の呼吸や線のリズムといった、より深い感覚として作品に滲んでいる。

緊張の中で静物から存在へと変わる


その思考が最も鮮明になるのが、ステンドグラスのマリオネット作品だ。
関節を持つガラスの人形は、金属職人アレクシとの協働によって成立している。ワイヤーで操られ、光を受け、影として壁に像を結ぶ。これは展示ではなく「上演」であり、ガラスが主役となる人形劇だ。壊れやすい素材に動きを与えるという行為は、技術的にも精神的にも極めて繊細な均衡を要求する。だが、その緊張の中でこそ、ガラスは静物から存在へと変わる。


今回、アルザス各地のガラス文化を巡り、サン=ルイの旧炉跡で彼女のインスタレーションを見ることで、その必然性はさらに明確になった。
何世紀にもわたってガラスが熔かされ続けてきた場所に、現代のガラスが重ねられる。そこでは、産業の記憶と個人の物語が同時に立ち上がる。ミレーヌの仕事は、この土地の歴史を飾るのではなく、静かに呼び覚ます行為なのだ。


ミレーヌ・ビヤンは、過去をなぞる職人ではない。
かといって、伝統を素材として消費するアーティストでもない。
確かな技術と、物語への強い意志。その二つが拮抗する場所で、彼女はガラスに新しい役割を与えている。
光が差し込むとき、ガラスは語り始める。
アルザスというガラスの土地で、ミレーヌが行っているのは、素材に生命を与える行為そのものなのだ。

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そこで思い出したのが、マルシェ・ド・ノエルの回で触れた、1427年創業のメゾン・カメルツェルの窓に見られる円形のガラスである。あれは装飾のために新たに作られたものではなく、当時の吹きガラス制作において、吹き竿の先に残る底部――空気の入り口が不均一で製品としては使われなかった部分を再利用したものだという。ミレーヌのアトリエでも、同じように瓶や器の底部が素材としてストックされており、現在ではそれらが欠点ではなく、光を孕んだ表情豊かな素材として積極的に選び取られている。吹きガラスの痕跡そのものを意匠として生かす姿勢は、中世から続くアルザスのガラス文化と、現代の制作現場とを静かにつないでいる。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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