Maison de l’Élysée 官邸の向かいに生まれた、もう一つの“エリゼ”


毎年9月に開催される「ヨーロッパ文化遺産の日(Journées européennes du patrimoine)」には、フランス大統領官邸・エリゼ宮の一般公開を目当てに3〜4時間待ちの行列ができるのが恒例となっている。パリ市内でも屈指の人気を誇る場所でありながら、普段は決して立ち入ることのできない重厚な空間――。その“エリゼ”を、より身近に感じられる場所が誕生した。

大統領官邸エリゼをより深く知るミュージアム

Maison de l’Élysée(メゾン・ド・レリゼ)。2024年7月、エリゼ宮の真正面にオープンしたこの施設は、共和国の心臓部をテーマにしたミュージアムであり、カフェであり、そしてブティックでもある。
建物に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、エリゼ宮の建築美や大統領制度の歴史を辿る展示だ。かつてのレセプションルームを再現したコーナーや、国家元首が実際に使用してきた調度品、大統領の公式ギフト、共和国の紋章をモチーフにした美術工芸品など、展示物の一つひとつがフランスという国家の象徴となっている。

ナポレオン3世によって大統領官邸と定められたエリゼ宮

エリゼ宮の起源は18世紀、貴族アルマン・デュ・プレスリー侯爵が建てた邸宅に始まる。のちにポンパドゥール夫人の手に渡り、ナポレオンの妹カロリーヌ・ミュラが住まうなど、時代の波に翻弄されながらもその存在感を保ち続けた。1848年、第二共和政の成立と共に国家の所有となり、ルイ=ナポレオン・ボナパルト(のちのナポレオン3世)が初めてここを大統領官邸と定めた。
以降、第五共和政に至るまで、歴代の国家元首たちがこの宮殿を拠点に政治を動かしてきた。シャルル・ド・ゴールが1968年の五月革命の最中にこの官邸を一時的に離れた逸話や、ミッテラン時代に庭に蜜蜂の巣箱が設けられたという優雅なエピソードなど、ここには政治と日常が交差する“生きた歴史”が息づいている。

官邸の晩餐会の“味”をそのまま味わえるカフェ

このMaison de l’Élyséeを訪れるもう一つの楽しみが、エリゼ宮の厨房チームによるオリジナルスイーツを味わえるカフェだ。MOF(国家最優秀職人章)受章者であり、ボキューズ・ドール金賞の経歴を持つシェフ・パティシエ、ファブリス・デズヴィーニュの監修によるデザートは、官邸の晩餐会の“味”をそのままに一般来場者にも提供されている。

「Salon Murat」や「Jardin d’hiver」など、大統領府の部屋や催事の名を冠したスイーツの数々は、フランスの味覚外交の粋とも言える。アラン・デュカスによるチョコレート、マロングのオーガニックコーヒー、Kusmi Teaなどの洗練されたドリンクも用意されており、カフェというより“体験”に近い。

単なる土産物に収まりきらない大統領御用達の品々


そしてこの施設の真価は、ブティックの存在によって完成する。ここに並ぶのは、いずれも「Présidence de la République(フランス共和国大統領府)」の名のもとに厳選された“大統領御用達”の品々。文房具や香りもの、石鹸や食品、さらにはペタンクボールに至るまで、すべてがフランス国内の職人や伝統企業によって生み出された製品だ。

これらの品に共通するのは、“国家の顔”としてふさわしいクオリティとストーリー性だ。長年にわたり受け継がれる技術、サステナビリティへの配慮、そしてエスプリの効いたデザイン。製品の多くは、国家的遺産(EPV=Entreprise du Patrimoine Vivant)に認定されたメゾンによるもので、トリコロールをあしらったパッケージはどれも気品に満ちている。
持ち帰ることのできる“共和国”として、旅の記憶や贈り物としても申し分ない。単なるお土産ではなく、「日常に、共和国の気品を」宿す存在。これは他のどこにもない、エリゼ宮ならではの体験だ。

Maison de l’Élyséeは、サントノーレ通りの高級ブティック街の入り口にあたり、観光と文化と洗練が交わる場所にある。夏のパリ、外国語が飛び交う観光都市の喧騒の中にあって、ここは意外なほど落ち着いた、知的な、そして芳しい空間だ。
共和国の鼓動を、静かに感じる場所。パリを訪れるなら、ぜひその一歩を踏み入れてみてほしい。

La Maison Élysée
88 rue du Faubourg Saint-Honoré 75008 Paris
https://www.elysee.fr/maison-elysee

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エリゼ宮の執務室に置かれた机は、18世紀ルイ15世様式の逸品で、第五共和政以降、ヴァレリー・ジスカール・デスタンを除くすべての大統領が使用してきた。金箔装飾と革張りの書面が施されたこの机は、共和国の継続性を象徴する家具でもある。中央に展示された銀製の筆記具セットは、1813年、ナポレオン1世のチュイルリー宮殿の大書斎のために制作されたもの。インク壺、乾燥パウダー、スポンジ用の器から成り、中央の蓋には雄鶏を象った持ち手があしらわれている。これは、フランス共和国の象徴としての“coq gaulois”を暗示しており、公式文書の署名にふさわしい威厳を備えている。左右に配された6灯式の「ブイヨット・ランプ」は、ビエネ、カイエ、ペルシエによる1810年前後の制作。金銀の繊細な細工が施され、かつては蝋燭の灯を集中させて読書や筆記を助けた機能性と、空間に格調を添える装飾性を兼ね備えている。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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