「アポカリプス、昨日と明日」展 —— パリ、BnFでめぐる黙示録の世界

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

黙示録写本(9世紀初頭、ドイツまたはベルギー)羊皮紙に彩色されたこの写本は、現存する最古の『黙示録』の図像サイクルのひとつであり、38点の図像がインクと限られた色彩で描かれている。文字と絵が対になった構成は、宗教的黙想のための視覚的手引きとして機能していたと考えられ、当時の修道士たちに向けて制作された可能性が高い。現在はヴァランシエンヌのシモーヌ・ヴェイユ・メディアテークに所蔵されている。

2025年6月8日まで、セーヌ左岸に位置するフランス国立図書館(BnF)フランソワ・ミッテラン館で開催されている展覧会「アポカリプス、昨日と明日(L’Apocalypse, hier et demain)」は、新約聖書の『ヨハネの黙示録』を起点に、人類の歴史を通じて繰り返されてきた終末の想像力と象徴的な表現を読み解く試みである。
黙示録を単なる宗教的テキストとしてではなく、芸術、文学、思想、そして現代の問題意識に結びつけながら提示するこの展示は、知的で詩的な体験をもたらす。パリという都市の洗練と深さを象徴するような空間で、時代と人間性の本質に向き合う時間が流れている。

黙示録という幻視のテキスト —— 暗闇に光を探す旅

Laurent Grasso《無題(2019年)》、アポカリプス展入口にて。終末と啓示、恐怖と希望という二項対立の間に立つ現代の預言者のような存在感を放つGrassoの彫像は、来場者を黙示録の世界へと誘う扉として機能する。荒廃の予感と静けさを併せ持つその佇まいは、展覧会全体に流れる「啓示=révélation」というテーマの核心を体現している。

『ヨハネの黙示録』は新約聖書の最後を飾る書であり、紀元1世紀末に書かれたとされる。著者は自身を「ヨハネ」と名乗り、伝統的に福音書記者ヨハネと同一視されてきた。
この書は、堕落した地上世界の終末と、天上における「新たなエルサレム」の出現をめぐる二項対立的なビジョンを展開している。火、血、獣、角、ラッパ、数字(7、12、666)といった象徴的イメージが交錯しながら、善と悪の最終的な闘争を描いている。
展示では、七つの封印(Les sept sceaux)と七つのラッパ(Les sept trompettes)という構成要素に沿って章立てがなされている。天使がラッパを吹くことで地上に災厄がもたらされ、人間の罪と神の裁きが可視化されていく過程は、現代における気候変動、戦争、疫病といった危機と響き合っている。

アルブレヒト・デューラーの「アポカリプス」 —— 終末を描いた若き天才の筆

アルブレヒト・デューラー《雄羊の角を持つ獣》(『黙示録』より)1498/1511年ラテン語版神秘的な幻視と象徴に満ちた黙示録を、独創的な構図と圧倒的な技術で描き出したシリーズの一枚。初の視覚中心の黙示録として後世に多大な影響を与えた。

なかでも見逃せないのが、ドイツ・ルネサンスの巨匠アルブレヒト・デューラー(1471–1528)による『アポカリプス』である。1498年に発表されたこの木版画シリーズは、15点から成り、黙示録の挿絵としては最も名高い作品群といえる。
デューラーは、視覚芸術が文字を凌駕する可能性を初めて本格的に提示した。彼は、絵をテキストの前に置くという革新的な形式を採用し、見る者に黙示録を「読む」のではなく「観る」体験を与えた。
その精緻な線描と構成、劇的なシーン展開は、黙示録のもつ予言的・象徴的性格を力強く伝える。今日においても、美術史家やコレクター、そしてアーティストにとって大きなインスピレーションの源泉となっている。

黙示録の現在性 —— “終末”を問うのはいつも今

ゴヤ《戦争の被害》(《戦争の惨禍》より第30図)ナポレオン戦争中のスペインにおける暴力と死の現実を記録したゴヤの銅版画シリーズの一作。文明の崩壊を目前にした人間の脆さと悲劇が、静かな画面に深く刻まれている。

「災厄の時代(Le temps des catastrophes)」や「神々の退場とアポカリプスの崇高(Retrait des dieux et sublime apocalyptique)」と題されたセクションでは、近代以降の科学主義、都市化、産業革命、そして20世紀以降の戦争と破壊によって変容した終末観が提示されている。
合理主義の勝利が黙示録的想像力を駆逐するどころか、むしろ新たな表現を生み出してきた過程が明らかになる。ゴヤの『戦争の惨禍』に象徴されるようなビジュアルの系譜は、20世紀のポスト・アポカリプス文学や映像作品へとつながり、「人間のいない未来」という視座にまで達している。
現代アートにおいても、黙示録的モチーフはしばしば再構成され、自然の崩壊やテクノロジーの暴走といった現在の危機感と呼応している。ヨハネの幻視は、現代においてもなお、私たちに「この文明の行方」を問う鏡のような存在となっている。

翌日の世界へ —— 再生の風景を描く想像力

展示の締めくくりに、モダンアートのインスタレーションが使われていた。Kiki Smithの「Earth」やSabine Mirlesseの「Divining lungs no.6」の作品が、終末的なテーマに対する新たな視点を示し、過去と未来をつなぐような感覚を与えていた。

展覧会の最後のセクション「Le jour d’après(その翌日)」では、破壊のあとに訪れる新たな秩序や再生のヴィジョンが提示される。透明な黄金で形作られた「新しいエルサレム」は、永遠の都市、救済の象徴として黙示録の終章に描かれる。
現代のアーティストたちは、この終末後の世界に新たな解釈を与えている。戦争、気候危機、文明崩壊を越えた「再構築された未来」は、しばしば人間が不在の風景として描かれる一方で、希望や再生の兆しを含む。黙示録は、終わりの物語ではなく、始まりの予兆として読み直されている。

パリで芸術を“読む”という贅沢

フランス国立図書館 フランソワ・ミッテラン館(BnF)外観。ガラスのファサードに、対面する書庫タワーがくっきりと映り込む構図が印象的。建築家ドミニク・ペローによって設計されたこの図書館は、開いた本を象徴する四つの塔で構成され、現代建築と知の象徴性が融合した文化的ランドマークとなっている。

会場となるBnFフランソワ・ミッテラン館は、フランス第五共和制の元大統領フランソワ・ミッテランの名を冠した、現代建築の象徴とも言える図書館である。
フランスの歴代大統領たちは、任期の終わりに際して「文化的遺産」として自らの名を冠した施設やプロジェクトを国に残すことが少なくない。美術館、ホール、公共建築——いずれも国家の記憶と結びついた象徴的な存在として機能している。
そのひとつが、このBnFフランソワ・ミッテラン館である。1994年に開館したこの図書館は、セーヌ川の左岸、13区の再開発エリアに建設されたもので、建築家ドミニク・ペローによる設計。開いた書物を模した四本の高層塔が空に向かって立ち上がる構造は、知の未来と普遍性を建築で表現した大胆な試みである。
館内には数千万点を超える蔵書や資料が集められ、地下には静寂に包まれた閲覧室、中央には樹々の茂る静謐な中庭が広がる。都市の喧騒の中で思索に沈むための「現代の修道院」とも呼びたくなるような空間である。

この知の殿堂で展開される「アポカリプス、昨日と明日」展は、まさにこの場所でこそふさわしい。書物、映像、オブジェ、写本、そしてアートの力を通じて、文字通り「読む」という行為の奥行きを体感できる時間が流れている。

終わりを読むことで、始まりを考える

展示会場。多くの人が平日の午前中から訪れている。

「アポカリプス、昨日と明日」展は、恐怖や滅びを語るだけの展示ではない。黙示録的想像力が時代を超えて人類の本質に問いを投げかけてきたように、現代を生きる私たちにもまた、「終わりのかたち」から「新たな始まり」を構想する力が求められている。
展覧会を訪れた後には、単に過去を知るだけでなく、「この世界の未来をどう描くか?」という、個人的かつ普遍的な問いが心に残るだろう。

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この映像は、1959年の映画『ヒロシマ・モン・アムール』の一場面。監督アラン・レネ、脚本はマルグリット・デュラス。映画では、広島の原爆とその後の記憶に関する対話が描かれており、このシーンは記憶と忘却、そして過去と現在を繋げる象徴的な瞬間を表している。

【 展覧会情報 】
タイトル: L’Apocalypse, hier et demain(アポカリプス、昨日と明日)
会期: 〜2025年6月8日
会場: Bibliothèque nationale de France – site François-Mitterrand(BnF フランソワ・ミッテラン館)
公式サイト: https://www.bnf.fr

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