それはコンコルド広場を臨む新たなパワースポット 「啓蒙の世紀」へタイムスリップするオテル・ドゥ・ラ・マリーヌへ

様々な歴史的事象が繰り広げられてきた特別な立地にある、元「海軍省」の建物

先にお伝えしたサマリテーヌは、古い街並の面影を残す4区や1区の間にあって、民間主導で実現した新しいパリの名所。そこから自転車と電動キックボードのバイパス道になった、リヴォリ通りを西に5分も進めば、ルーヴルとチュイルリー宮、シャンゼリゼ通りに囲まれた広大なパースペクティブ、コンコルド広場につき当たる。ここではサマリテーヌとは正反対の「国家的アフェア」、それこそフランス政府の息のかかった新しいパリ名所が去年、パンデミックで丸1年ずれ込んだもののオープンを迎えた。「オテル・ドゥ・ラ・マリーヌ(以下HDM)」こと、元「海軍省」の建物だ。コンコルド広場からマドレーヌ寺院に向かってホテル・クリヨンと対を為す建物、といった方が早いかもしれない。

なぜHDMは国家的アフェアなのか? 事の起こりは18世紀。HDMはギャルド・ムーブル(王宮の家具管理係)として始まり、次いで海軍省となった。目の前は元々、ルイ15世広場だったが、フランス革命初期には革命広場としてギロチンが置かれ、ロベスピエールが処刑された後に初めてコンコルド広場となった。王政復古からは時の王の名を何度か冠され、またコンコルド広場に戻った。いわばブルボン王家から現代にまたがる歴史の証言といえる建物で、今のところ数えて第5共和制となっているフランスの、国民と国家の権力を象徴する場所なのだ。

そんな禍々しい南面に臨む建造物は、ホテル・クリヨンとHDMのみ。近年、政治的利用はむしろ控えられ、サッカーW杯でフランス代表が優勝したような時に、バルコニーから選手たちが挨拶するのに使われたりする(とはいえ2018年は警備上の理由で見送られた)。

いずれ特別過ぎる立地ゆえ、国防関連の省庁機能が別の一か所にまとめられた2007年、HDM再整備のために委員会が設置された。委員長を務めたのは昭和中期のフランス元大統領で、憲法審議会のメンバーを長らく務め、2020年12月に鬼籍に入ったヴァレリー・ジスカール・デスタン。委員会が確認した原則は、HDMは公に属する施設としつつも、文化施設として一般に門戸を開き、その運営は財政的に持続可能で定期的な保守や修復を賄えること。運営は文化省直轄で、凱旋門やモン・サン・ミシェル等々、フランスの国有文化財を管理するサントル・デ・モニュマン・ナショノー(CMN)に委ねられた。

CMNの採った指針はストレートだった。海軍省という世界に繋がる場所だった以上、フランスの「らしさ」を発信するだけでなく双方向的に追体験できる、新たなパリの観光スポットとすべきである、と。そこで18・19世紀の装飾芸術と、美食ガストロノミー、社交文化という、HDMに元より備わる要素が重要視された。ただしレトロや復古だけでは、悪趣味というより頭を使っていないように批判されかねないのが、フランス的発想でもある。

3D音声による近未来的な案内で近代パリへとトリップ

では「2番地、コンコルド広場」の住所が充てられた入口より、中へ歩を進めてみよう。中庭で空を仰ぎ見ると、長方形に切り取られた空に覆いかぶさるガラスのオブジェに気づく。これは英国の建築家ヒュー・ダットンが手がけたオブジェで、18世紀特有の幾何学的モチーフにインスパイアされている。自然光を和らげ拡散しつつ、さらに輝かせ放射することで、フランスの文化を発信するHDMの新たな使命を表すという。ちなみに革命からナポレオンの時代、フランス海軍にとって英国は不倶戴天の敵で、英国人の建築家を起用した時点で、時を経てすっかり開かれた海軍省・・・・そんなニュアンスが漂わなくもない。

窓口で無線ヘッドフォンを手渡された。館内の各部屋に自動音声のガイドが始まるという。当然、日本語にも対応しているが、いわゆるモノラル音声の棒読み案内ではない。3D音声の効果音や朗読、劇的な対話が多用され、その場に起きていることを追体験させるというより、来場者が透明人間になってその場にいるかのような、没入効果を狙ったプログラムなのだ。ヘッドフォンを着けた瞬間から、風の吹き込む音を伴って「館の精」が現れ、階段を上るよう促されつつ、ナレーターの役割を果たす。テーマパークのホーンテッド・マンションのようだ。綿密な修復作業を経て蘇った18~19世紀の内装に、無粋な説明板や看板を立てる必要はなく、来場者は眼前に現れる当時そのままのビジュアルや雰囲気を楽しみつつ、会話やシーンに没入していく。

例えば「アンチ・シャンブル」、王宮の家具管理に用いられていた時代の受付兼待合室では、ページをめくる音、家具の運び込まれる周囲の物音とともに、机の向こうから身元尋ねの質問が飛んでくる。下級官吏の仕事場ゆえ、素っ気ない雰囲気のようで大理石の床と暖炉上の古典主義風の像も、見事だ。

ギャルド・ムーブルの長達が過ごし社交の場でもあった豪華なアパート

ギャルド・ムーブルとは王宮の家具調度品を管理する役職と述べたが、革命以前はヴェルサイユにトリアノン、コンピエーニュやフォンテーヌブロー、ランブイエやサン・ジェルマン等々…と、パリ近郊だけでも幾つも王宮があった。その修理や保守点検は、今日のどんな大豪邸とも比べるべくもない、想像の埒外にある規模、一大事業だったのだ。

いわばヘッドフォンの音声プログラムは、現代の感覚では想像しようのないことを想像させるための仕掛けでもある。王政末期のそんな大役だったギャルド・ムーブルに2代目の長として仕えた、アントワーヌ・ティエリー・ドゥ・ヴィル・=ダヴレイの執務室に通される。

彼は初代の長、ピエール・エリザベート・ドゥ・フォンタニゥより控え目好みだったといわれるが、18世紀のフランスは目まぐるしく流行の様式、つまりトレンドが変化した。ロココ風のルイ15世様式から古典主義への回帰が始まり、ルイ16世様式へと変化する直前の、まさに「トランジション」と呼ばれた過渡期の様式そのものだ。八角形モチーフの嵌木のフローリングに、執務机だけが猫脚の家具、そして古典的な唐草模様の金箔張りといった壁の装飾が、際立つ。この頃は、ただ装飾が薄く小さくなって減らされたのではなく、構造の簡素化によって装飾を載せる面積自体が小さくなっていく、そんな進化でもある。

前任者の趣味が多分に反映しているとはいえ、ヴィル=ダヴレイのアパートの豪華さは評判だったという。当時の宮廷で役に就いた貴族は、館内にアパートを構えて執務室の向こうで細君ともども寝起きするのが当たり前だった。寝室や浴室、書斎といったプライベートな空間はもちろん、来客を迎えるための食堂やサロン、礼拝堂や宿舎に充てられる部屋をも備え、役得とはいえ相当に豪華な設えが施されていた。独身者だったドゥ・フォンタニゥが造らせた「鏡の小部屋」は、本来はもっとエロティックな絵が描かれていたが、それを気に召さなかったヴィル=ダヴレイ夫人が、天使やキューピッドを思わせる子供モチーフに改めさせたという。省庁もしくは役所という言葉に対する今日の感覚ではほど遠いほど、人を迎えてはもてなし、社交する場だったのだ。

実際、この建物は眼前の広場で行われたルイ16世とマリー・アントワネットの結婚式にも用いられた。ナポレオン1世やシャルル10世、ナポレオン3世は皆、戴冠後にここで舞踏会を開き、第2共和国期になっても露仏同盟を記念してロシア海軍提督を迎えた。日本式でいう2階の広場側には、「名誉のサロン」「歴代提督のサロン」という第2帝政期様式の間、つまり19世紀の姿で完全修復されたバンケットホールが広がっている。

面白いのは、左右完璧なシンメトリーで全体が光芒に包まれたようなこのスペースに、3面が鏡の柱体がクルクルと踊るように回っていることだ。回転を止めるとサイネージのように映像が始まり、周囲のざわめきが聞こえ、当時の社交界の人物や家系の繋がり、概要や裏話が明かされ、社交の輪の中に投げ出される。とことんイマーシブルなのだ。

タイタニックの基にもなったブルーダイヤも保管されていた王室の宝飾庫


その先のサロンや海軍提督の執務室も、小さいながら注意に値する。ギャルド・ムーブルは家具調度品のみならず、王室の宝石類をも管理していた。ナポレオン3世の妻、ウージェニー皇后の肖像が掲げられたサロンは、宝石を出し入れしていたスペースでもある。だが宝石に関してHDMのもっとも有名なエピソードは、フランス革命勃発より間もない1792年、フランス王の王冠を飾る貴重な宝石数点が、深夜に盗まれた事件だ。大半は取り戻され、賊の何名かはギロチンに送られたが、もっとも貴重な青いダイヤモンド「ル・ブルー・ドゥ・フランス」だけは20年後、カットを変えてロンドンで見つかった。この宝石はある銀行家の手に渡り、奇妙な運命を辿る。1855年にパリ万博に展示され束の間、里帰りしたものの、銀行家一族の破産によってアメリカに渡り、カルティエをアメリカで拡げたピエール・カルティエやハリー・ウィンストンの手を一時的に経て、今はスミソニアン博物館に展示されている。パンデミック前はこの45.52ctのブルー・ダイヤモンドは、モナリザの次に世界でもっとも多くの観光客を動員する芸術作品だったといわれる。

歴史的ないくつもの法案や調書が生まれた場所

もうひとつHDMの忘れてはならないエピソードは、フランスにおける奴隷解放令が1848年、ここで発せられたことだ。植民地経営は多くを海軍に負っていたため、海軍大臣の補佐官がその法案をまとめ上げた。また革命期に遡れば、マリー・アントワネットの処刑を決めた調書もここHDMで作成されたという。

そうした歴史の重みが幾重にも積み上がった部屋を抜け、コンコルド広場を見下ろすバルコニーへ出た。するとその光景は、何かもう、吹っ切れたような強烈な広がりで目に飛び込んでくる。革命のギロチン台に続いて、目の前のエジプトから贈られたオベリスクが立てられたのは1836年、ルイ・フィリップ王時代のことだ。1944年のパリ解放の時は、コンコルド広場とリヴォリ通りを見下ろし、マドレーヌやオペラへ抜ける要衝でもあるHDMには、戦闘終結の間際までドイツ軍が留まった。あるいは1989年のフランス革命200周年時、故ミッテラン大統領と77ヵ国の外国首脳が、このバルコニーから式典に参加した。また2年後のパリ五輪2024で、コンコルド広場は新種目として競われる「ブレイキン(ブレイクダンス)」の会場になることが決定している。

12本の柱で仕切られたバルコニーは啓蒙の時代、18世紀の明瞭さと合理性を尊ぶ様式ゆえ、幾何学的で完璧な均整を保っている。禍々しい歴史をもつ場所特有の、どこか後ろめたくて息の詰まるような美しさだ。舞踏の間を挟んで内庭の側、「軍港のギャラリー」と「ゴールド張りのギャラリー」にも同種の、人工美を見出せるだろう。この他、フランスで人気の料理人であるジャン・フランソワ・ピエージュが指揮する、シーフードがメインのレストラン、そしてカフェも中庭に設けられているが、HDMは大人のテーマパークのような体験型施設、というだけではない。

元海軍省のフロアは異国趣味がスパイスのコワーキングスペースに

海軍省が2015年までオフィスとして使っていた上階の3フロアは現在、コワーキングスペースに姿を変え、同時期にオープンした。入口はロワイヤル通り側、その名も「モーニング」だ。ここもオーナーは国家だが、フランスのベンチャーや上場企業の社員たちが働く、共有のフリーアドレス・オフィスとして運用されているのだ。

無論、英語の「モーニング」は、朝とか暁といった意味で、朝から同僚に出会う挨拶でもある。じゃあどうしてボンジュールじゃないのか?という疑問だが、mornは一方でmournというuを挟む方の単語にとって代わられたものの、元々は悼むとか喪に服するという意味もある。モーニングにとって52番目のコワーキングスペース開設であることから、決してコンコルド広場という場所に関連づけられている訳ではないながら、得てして歴史の皮肉とはそういうもの。オープニング式典には現職のマクロン大統領も顔を見せた。

それにしても、元倉庫のような広々スペースを再開発し、ざくっとした素朴タッチのインダストリアルな内装インテリア・・・・という手法は、ひと通り全世界で流行ったが、元海軍省のスペースでは、微妙にすべてがナナメ上をいく。待合用スペースや食堂にはエキゾチックなオブジェが数々置かれ、ソファやテーブルの類はカラフル。グリーンに囲まれたカフェのカウンターや個別デスクの照明は柔らかい。ガラス張りの会議室には、イタリアの大理石だがモダンな天板の円卓が置かれるなど、海軍省らしい異国趣味がスパイスとして利いている。

中には当然、コンコルド広場を一望する会議室もあれば、ギ・ドゥ・モーパッサンの名を冠したマッサージ・ルームまである。短編の名手といわれた小説家とマッサージは何の縁もないが、彼は海軍省に官吏勤めしていたことがあり、この小部屋が職場だったとか。

仕事とウェルネスはもはやセットの21世紀、モーニングにはジムも備わる。その壁のグラフィックはどことなくギリシャ風だが、日の丸モチーフにも見える。18世紀と同様、様式とは時代の空気に影響されるもので、五輪が東京2020そしてパリ2024に移る時期に進んだプロジェクトということだ。ちなみにリラックスのためのスペースとして、ビリヤード部屋や、最上階には薄暗いシエスタ用スペースまである。

フランスでもリモートが進んで脱オフィス傾向は強く、ここで働く人たちの毎月の使用料は一人あたり「1ポスト/月」を買うカタチで、たいていは会社から支払われているが自営業も少数いる。予算的に1ポストは約900ユーロ/月。申し分ない立地に、他業種との気軽な情報交換、何より刺激的な環境を鑑みれば、決して高くはないのだろう。元海軍省という場で21世紀の意識高めのフランスは、人と多く交わりながら働いて価値創造を共有し生産的であるべし、なのだ。もはやそこはコワーキング・オフィスというより、将校クラブのモダンな進化形のようだった。寝泊りはできないが、中長期の出張で訪れるのが楽しみな、パリの新アドレスといえるだろう。

Hôtel de la Marine
住所/2 place de la Conconrde 75008 Paris

営業時間:10:30-19:30 (チケット窓口は18:15まで、18:45より順次閉館)
金曜のみ10:30-21:30 (チケット窓口は20:45、21:15より順次閉館)
休日/1月1日、5月1日、12月25日
併設のCafé Lapérouseは9:00-23:00、レストランはランチ&ディナーのみ営業、日曜休。
入場料:サロンとバルコニーのみの45分コースが13ユーロ/大人1名、アパルトマン含むグラン・ツアー1時間30分コースが17ユーロ/大人1名。

www.hotel-de-la-marine.paris/
www.morning.fr/espaces-coworking-morning/concorde

<文、写真・南陽一浩>

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