骨董の世界で珍重される「春海コレクション」が復刻
今日、あらゆる情報は瞬く間に国境を越えていく。しかし、わずか100年前には、一通の手紙がフランスに渡るまでに船で数カ月もの時を要した。そのような時代に、日本の茶人と、フランスのバカラとの間で豊かな交流が育まれ、数々の精緻な作品を生み出したことは驚くばかりだ。一体どれほどの情熱が、互いに注がれたことだろう。
当時、「春海好み」と称され愛されたそれらの作品は、今日も骨董の世界で珍重されて、多くの数寄者を魅了し続けている。その「春海好み」が今年、「春海コレクション」として復刻された。ぜひ、時空を超えて蘇った名品を、感慨深く手に取ってみて欲しい。
丸鉢 藍色被せ切子 20.4×12cm 2,500,000円+税
当時茶器の随一の目利きといわれた春海藤次郎がバカラに特注した「春海好み」
「春海好み」の名称は、春海藤次郎の名に由来する。藤次郎は大阪の古美術商「春海商店」の三代目で、茶人でもあり、類まれな鑑識眼を持つことで知られていた。1823年に創業した「春海商店」は、主に書や掛け軸、茶器などの茶事にまつわる一切の道具を扱い、藤次郎の代には大阪に春海ありと言われるほどに、随一の目利きとして厚い信頼を集めていた。ある日藤次郎は、親戚からヨーロッパ土産としてクリスタルの品を数点、手渡された。クリスタルが放つ美しい煌めきに魅せられた藤次郎は、それら西洋の器を茶事に用いることを思いつく。茶事には焼きものの器が当たり前だった時代に、なんと大胆な発想だったことか。
バカラ所蔵:春海商店からバカラへ送られた注文書
自らの審美眼を疑わなかったのだろう。藤次郎は製造元がバカラ社であることを突き止めると、早速に遠い異国の地に書簡を送り輸入を始めた。海を渡り、何カ月もの時を経て手元に届くバカラクリスタルの数々。一点一点に施された金彩とカットは極めて美しく、藤次郎は惚れ惚れと眺めた。しかし、西洋の広間と日本の茶室では、求めるサイズも用途も異なる。藤次郎はやがて、より茶事にふさわしいデザインを自ら手がけて、バカラに特注するようになる。そうして生まれた品が、のちに茶人の間で「春海好み」と称され、深く愛されるようになった。
バカラ所蔵:バカラのアーカイブに残る図面
日本の美意識に彩られたデザインを職人技で形にしたバカラ
藤次郎がバカラに提示したデザインは、日本の美意識に彩られたものだ。「春海好み」の特徴的な装飾のひとつである「千筋文(せんすじもん)」は、漆碗の千筋が手本である。繊細な線を等間隔に引くこの文様をクリスタルの表面に施すため、バカラは特殊な技法を開発している。その思い入れは相当なものだったのだろう。藤次郎が望んだ美のイメージを、すでに創設から150年を経ていたバカラは見事な職人技で形にしてみせた(バカラはルイ15世の時代、1764年に創設している)。
飯椀・汁椀 金縁千筋 (左)12.8×9.8cm (右)12.2×8.8cm各300,000円+税
その技法を紹介しよう。まず、プレーンなクリスタルの表面を蝋でコーティングし、 ろくろの上で回転させながら細い針の先端を当てる。すると、細かく等間隔の線が描かれ蝋が削り取られる。 次にそれを酸に浸すと、蝋が削り取られて露出した部分のクリスタルのみが腐食し、表面にエッチングが施される。そうして出現する幾重もの線は、ため息が出るほどに繊細で美しい。「千筋文」は、千もの線が描かれているように見えることから称されたという。
グラス 金縁千筋 二客セット 6×8.6cm 120,000円+税
藤次郎は「千筋文」の他にも、江戸切子に用いる「霰文(あられもん)」をクリスタルに再現することを依頼した。バカラの伝統的な技法によって施された「霰文」は、この上ない煌めきを放つ。カットはあえて鋭利に仕上げるように指示してあったのは、器を手にしたときに感じる微かな痛みが、夏の茶事に清涼感を与えるためだったそうだ。
皿 金縁霰切子 13.5×2.2cm 150,000円+税
徳利(左)金縁切子6×14.5cm 330,000円+税(右)金縁赤色被せ切子6×14.5cm 470,000円+税
1世紀の時を超えて蘇る春海藤次郎が築いた美の絆
こうしてバカラの優れた職人技に支えられて生まれた「春海好み」の品々は、はじめこそ保守的な茶人たちに受け入れられなかったものの、瞬く間に評判となり、夏の涼やかな茶道具として愛された。鋭い鑑識眼を備え、優れた茶人であり、家に2人の料理人を抱える美食家としても知られた藤次郎。彼の風流な生活に一貫した美意識が、バカラとの出会いを引き寄せ、日本の美とフランスのアール・ドゥ・ヴィーヴル(生活芸術)の結晶を生み出したのだ。
鉢 金縁八角 21×21×7.2cm 480,000円+税
海と国境を越えて、遠い異国の文化を尊重し合いながら築いた美の絆は、今も変わらず受け継がれている。その証として、春海商店からバカラへの直接の特別注文からちょうど100年を迎えた今年、「春海好み」が令和の「春海コレクション」として復刻された。かつて藤次郎が、進取の精神でバカラに託した普遍の美。1世紀の時を超えて蘇った逸品を手にして眺めながら、美に懸けた両者の浪漫に想いを馳せてみたい。
丸鉢 琥珀色被せ切子 20.4×12cm 2,500,000円+税
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