Salon International du Patrimoine Culturel 2025

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

— フランスが築いた「職人を守る文化遺産」
10月末、カルーゼル・デュ・ルーヴルに集まったのは「古いものを直す人々」ではない。ここにいるのは、材料科学・歴史知識・設計力・手技を横断し、過去を現在の言語に翻訳する専門家たちだ。会場を歩くと、展示は素材ごとではなく工程ごとに地層を成す。木・石・金属・ガラス・紙布――どのブースも、採取・選別→成形→仮組→本仕上げという論理が明快で、仕上がりの美しさはその論理の透明度に比例している。

並外れた技能の証明だけでなく社会的意味を持つフランス文化継承の制度


この国が強いのは、人を支える制度設計が長い時間のなかで磨かれてきたからだ。
頂点にある MOF(フランス国家最優秀職人)は技能の証明に留まらず、教育と伝承の核として機能する。若手の MAF(最優秀見習い)やコンパニョナージュの道筋が裾野を支え、工房・企業には EPV(無形文化財企業認定)が与えられ、公共修復は文化省・DRAC(地域文化局)と Monuments historiques の枠で運用される。称号は“勲章”ではなく、雇用・教育・受注のハブだということを、このサロンは体感させる。

当時の製法・公差・表面処理まで復元する厳密な工程


制度は展示のディテールにも現れる。例えば金工や鍛鉄は、失われた部材を“似せて作る”のではなく、当時の製法・公差・表面処理まで復元してはじめて同一の価値に達するという前提で動く。木工や寄木は、古材の目(年輪)や含水率を読み、継ぎの可視性を最小限に抑えながらも、どこを新材に置き換えたかの情報は必ず残す。ガラスは古ガラスのゆらぎや銀彩の反射角を計算し、光学的な整合まで取る。こうした「工程の厳密さ」が、鑑賞者の快楽だけでなく将来のメンテナンス性に直結する。

歴史的意匠も過去の図面を正確に運用して再現


もう一つの基盤は、資料の運用力だ。古い図面やカタログはアーカイブの棚に眠っていない。鋳造の型番、鍍金の下地、木口の取り方、ガラスの焼成カーブ――図面に残る仕様は現在の見積と製作にそのまま接続され、歴史的意匠を量産ではなく“再現可能”にする。だから復元品は一点物でありながら、偶然に頼らない。修復と新作が同じ辞書を持つ国は強い。

過去のものを機能する美として着地させていく若手の存在感


教育の面でも、今年は若手の存在感が際立った。徒弟制度で鍛えた基礎に、デザイン言語やプロジェクト運営を上乗せし、機能する美に着地させる。古典様式の扉金物を現行規格の建具に合わせて再設計する、宗教施設の音響・メンテナンス要件に沿ってオルガンを再生する、古書の装幀を“修理”ではなく外装芸術として提案する――分野は違っても、共通しているのは「使われる場」への視線だ。

アール・デコの美点は形式ではなくプロセスにある


今年のテーマ、アール・デコ100年も、引用のコレクションではなく工程の論理を現代に敷き直す運動として響いた。幾何学の抑制と素材の快楽、工業技術と手仕事の並走。ガラス、金箔、象嵌、鍍金、テキスタイルが均衡し、最終的な“光”と“触感”に収束する。アール・デコの美点は形式ではなくプロセスにある――その確認が随所で行われていた。

広がりを見せる地域ネットワーク

さらに広がりを感じたのは、地域ネットワークの厚みだ。地方の工房・修復企業・学校・行政が横串で繋がり、案件情報や人材、設備を回す。首都圏に頼らず、各地で文化遺産の維持管理を自走させる仕組みは、人口動態が変わるこれからの時代にこそ意味を持つ。展示会場に集まったのは、そのネットワークの“顔”であり、“交換機”でもあった。

過去が今と将来に効くように“整える”仕事としての修復


サロンを出ると、見えてくるものがある。文化財の保存は、最終的には生活文化の更新だということだ。窓の機構は現代の安全基準で再設計され、床は現行の床暖房や空調と矛盾なく共存する。古いパーツは古く使うためではなく、今の暮らしに説得力をもって馴染ませるために復元される。修復は過去に戻る行為ではない。過去が今と将来に効くように“整える”仕事だ。

そして最後に――この国の職人文化の底力を私たちはすでに目撃している。ノートルダム大聖堂の修復だ。2019年の火災後、尖塔の木組、石工事、鉛作業、鍛鉄、ステンドグラス、金箔、絵画・彫刻、鐘・オルガン……ここに集う分野横断の職人たちが連携し、設計者・研究機関・行政とともに再生を進めている。会場で見た一枚の試験片、一挺の道具、一冊の図面が、大聖堂のどこかに確かに接続しているのだ。
職人という〈知のインフラ〉があるから、フランスは文化を更新できる。 このサロンは、その事実を目に見えるかたちで証明していた。

PHOTO GALLERY

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教会のステンドグラスに描かれる聖書の物語を“動く光の絵”として再解釈した作品。ステンドグラス職人ミレアム(写真上)は、寓話「カラスとキツネ」を題材に、ガラスを通した光と動きで物語を語る新しい試みを行っている。まるでギニョール劇のように、光が場面を切り替えながら寓話が展開する。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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