ホワイトドットに導かれる時間 ― ダンヒルのパイプとラグジュアリーの系譜

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai


1867年、パリ北駅前に創業した老舗パイプ専門店 La Pipe du Nord。
その歴史ある空間で、年に一度だけ特別なイベントが開かれる。今年は9月、英国を代表する名門ブランド Dunhill のコレクションが一堂に会した。
会場にはダンヒル本社からディレクターの Kalmon Hener 氏が来訪し、さらにフランス正規代理店の Denis Blanc 氏も同席。来場者はブランドの世界観に直に触れながら、数百本に及ぶ貴重なパイプを手に取ることができた。
これほどの規模でダンヒルを体感できる機会は、まさに一年に一度の贅沢である。加えて、ダンヒルが手掛けたタバコも試すことができ、嗅覚と味覚を通じてブランドの哲学を五感で味わう二日間となった。

ダンヒルという名の系譜(ブランドの格)


1907年、ロンドン・セントジェームズのデューク・ストリートにアルフレッド・ダンヒルがタバコ店を開き、のちに自社工房(1910年)を併設して“最高の一服”を追求するメゾンへと発展した。現在、アルフレッド・ダンヒル(ファッション&アクセサリー)は、リシュモン(Richemont)傘下のメゾンの一つ。カルティエやモンブランを擁するグループであり、“紳士のための逸品”というダンヒルの精神は、現代のラグジュアリー基準の中でも磨き続けられている。なお、タバコ(シガレット/パイプたばこ/シガー)事業は別会社で、現在はブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)側に属する。つまり、パイプやライター、ヒュミドールといった喫煙具=〈The White Spot〉はダンヒルのアクセサリー部門(Richemont側)、タバコ製品=BAT側という二本立てだ。

〈The White Spot〉という“印”(ホワイトドット)


ダンヒルを象徴する白い一点=ホワイトドット(White Spot)は、1912年前後に導入された機能美の結晶だ。手作業で成形されたヴァルカナイト製ステムは精度が高く、「どちら向きに差し込むか」を示す目印として白点を入れたのが始まり。やがてこの小さな点は、正しい作法と最高品質の証として国際商標となり、今日ではダンヒルの喫煙具に共通するエンブレムとなった。
このイベントに合わせて La Pipe du Nordのオーナーマリー=オレリーさんはマニュキアを黒塗りにホワイトドットでお客さんを迎えた。

名を受け継ぐ工房と再定義


ダンヒルのパイプはロンドンの工房で鍛えられ、アーカイブに根差した設計思想と素材選別、仕上げを重ねる伝統は今も健在。2010年代に入り、喫煙具ラインは**「Alfred Dunhill’s – The White Spot」として再定義され、クラシックを未来へつなぐラグジュアリー・オブジェとして位置づけられている。

現行コレクションの企画を率いるキーパーソンの一人が、今回イベントに来場したカルモン(カーモン)・ヘナー/Kalmon Henerだ。

会場には愛好家の姿も多く見られた。60本以上のパイプを所有するニコラ氏は、「同じ葉でもパイプを変えると香りが全く異なる」と語り、パイプの奥深い愉しみ方を教えてくれた。フランスではアロマのない葉本来の味わいを尊ぶ傾向が強いという。さらに、パイプの世界には3gの葉をどれだけ長く吸えるかを競うコンクールがあり、2時間を超えて楽しむ愛煙家もいる。
ダンヒルのパイプに触れたこの二日間は、単なる喫煙具の展示会ではなく、「時間を優雅に味わう」という文化そのものを体験するひとときであった。

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階上では、訪れた常連客たちがダンヒル(現在はピーターソンのブランドに移った)の葉を試していた。La Pipe du Nord のオーナー、マリー=オレリーさんも加わり、香りと味わいを確かめながら談笑する光景は、パイプ文化が紡ぐ豊かな社交の時間そのものだった。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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