LOUVRE COUTURE|ルーヴルが織りなす、アートとファッションの対話

リシュリュー翼の一角に設けられたエントランスでは、鏡面仕上げのロゴが来場者の姿を映し出しながら、アートとファッションが交差する空間の象徴として機能している。繊細な黒の刺繍があしらわれた白いドレスが静かに佇むその姿は、ルーヴルにおけるクチュール初展示の幕開けにふさわしい緊張感と美しさを湛えていた。

すっかりバカンスに入ったパリ。街には観光客が溢れ、相変わらずの賑わいを見せている。近年はアメリカ国内の政治的状況から、アメリカ国内の観光を避ける傾向が強まり、その分の需要がパリに流れ込んでいるとも言われている。そんな中、パリを訪れたらまず向かうべき場所として変わらぬ人気を誇るのがルーヴル美術館だ。現在は来館日時をインターネットで予約する必要があるが、これがまた容易には取れない。ルーヴルは、常に世界中からの来訪者でごった返している。

ルーヴル美術館のある展示室の窓から眺めた中庭には、ガラスのピラミッドが燦然と輝く。奥には、2024年のパリ・オリンピックで聖火を灯すために使用されたシルバーの気球が再び姿を見せており、記念展示として設置されている様子が伺える。右手のチュルリー公園では、毎年恒例の夏の遊園地が始まり、パリに夏の訪れを告げている。広場に人影がまばらなのは、この日の強い日差しが肌を焼くほどで、多くの人が日陰に避難しているからだ。とはいえ、相変わらず観光客で賑わうパリの中心部では、街中を歩いていてもフランス語より外国語のほうが多く耳に入るほど。バカンスに出かけたパリジャンたちに代わって、世界中からの来訪者がこの地を埋め尽くしている。

そんな中、2025年、ルーヴル美術館は歴史的な一歩を踏み出した。1月24日から8月24日まで開催されている特別展「Louvre Couture – Objets d’art, objets de mode(ルーヴル・クチュール──美術品とファッション)」は、同館史上初となるファッションに特化した展覧会である。
だがこれは、単なるファッションの回顧展ではない。この展覧会が提示するのは、“アートとファッションの共振”という新たなヴィジョンだ。舞台となるのは、ルーヴルのリシュリュー翼、装飾美術部門。中世から第二帝政時代までの美術工芸品が並ぶ空間に、1961年以降に制作されたオートクチュール作品約100点が時代を超えて共演する。装飾性や素材、技法といった観点で美術工芸とファッションを並置することで、両者の間に秘められた親和性が浮かび上がってくる。

ジアンニ・ヴェルサーチによる1997–98年秋冬オートクチュールのドレスは、ビザンティン美術に着想を得た金属メッシュ素材に無数の十字架を刺繍した構築的な一着。背景に並ぶ聖遺物の装飾写本と同じ空間で対峙させることで、装飾という視覚言語の持つ宗教的・芸術的意味を問い直す構成がなされていた。メトロポリタン美術館での『ビザンティンの栄光』展からインスピレーションを得たこの作品は、クチュールがいかに深く美術史と共鳴し得るかを物語っている。

バレンシアガ、ディオール、シャネル、アズディン・アライア、イリス・ヴァン・ヘルペンらによる、視覚的かつ構造的に強烈な“ステートメント・ピース”は、展示空間に独自のリズムと緊張感をもたらしている。とりわけ印象的なのは、1949年にクリスチャン・ディオールが発表した「Musée du Louvre」というドレスだ。建築的なシルエットとシルクの光沢が、展示空間そのもの──つまりルーヴルという場の存在──と呼応し、美術館そのものを纏うというアイロニーに満ちた一着となっている。

時間を超える美──ラグジュアリーと芸術の交差点

教会から発掘されたビザンティン時代のモザイク片と、それを引用したドルチェ&ガッバーナの2013–14年秋冬ドレスがガラス越しに対峙する。素材も構図も異なるが、光を受けて煌めく装飾の密度が、1200年の時間を超えて美の本質に触れる瞬間を作り出していた。

ドルチェ&ガッバーナがモンレアーレ大聖堂の黄金モザイクに着想を得て制作したこのチュニックは、刺繍、クリスタル、モザイクパターンを重ねて構成され、衣服そのものが“歩く祭壇画”のように観る者を圧倒する。中央に描かれるのは東ローマ帝国の皇后テオドラの肖像であり、装飾が権威と信仰を帯びた時代の象徴を、現代に蘇らせている。

本展では、歴史的なスタイルと現代の実験精神が緊密に交錯している。たとえばイリス・ヴァン・ヘルペンやメゾン・マルジェラなどの作品は、伝統的なクチュールの技法に最先端のテクノロジー──3Dプリントや透明素材、構造的アプローチ──を融合させることで、「着る芸術」としてのファッションの可能性を拡張している。
展示の一角には、衣装のシルエットを自由に想像して描ける「教育的導入ゾーン」も設けられているが、あくまで主役はクチュールと装飾芸術の緊張関係から生まれる視覚的な対話だ。

特別イベントが照らし出す、ファッションの現在地

ルーヴル美術館リシュリュー翼1階の505室(サロン・モンジュ)に設けられたこの展示空間では、壁を飾る中世のタピスリーとともに、ジョン・ガリアーノによるクリスチャン・ディオールの幻想的なオートクチュールが並ぶ。映画『Les Visiteurs du Soir』(1942年)にインスピレーションを受けたこのシリーズは、15世紀末のフランスを舞台にした中世幻想の世界を色彩と構築で現代に再解釈したもので、衣服がまるで物語そのもののように空間に展開されていた。

ジョン・ガリアーノが手がけたディオールのドレス〈Trompette〉は、映画『Les Visiteurs du Soir』(1942年)に登場する中世の幻想世界に着想を得たもの。張り出したグリーンのオーガンザと構築的なヘッドピースが、中世の仮面舞踏会を思わせる劇的な装飾性を生み出している。トルバドゥールの衣装に現代の色彩と素材を掛け合わせることで、映画的な幻想と歴史の引用を、ルーヴルという舞台で鮮やかに立ち上がらせていた。

ドリス・ヴァン・ノッテンによるこのロングコートは、タピスリー織の構造そのものを模したテキスタイルによって、中世装飾の「織りの記憶」を現代の衣服に移し替えている。ジャカード織によって再構築された文様は、リシュリュー翼505室の壁面を飾る本物のタピスリーと呼応し、視覚的装飾と技法的装飾の間にある美的断面を浮かび上がらせていた。

展覧会の会期中には、ルーヴルとファッションの結びつきを象徴するような特別イベントも複数開催された。
なかでも特に注目を集めたのが、7月10日に開催された「Nuit de la Mode(ファッションの夜)」である。演出家ジョーダン・ロスが手がけた《Radical Acts of Unrelenting Beauty》は、Cour Marlyの彫刻群に囲まれた空間で行われたダンスと演劇を融合させた一夜限りのパフォーマンス。クチュールの衣装は、舞台装置としてではなく、ダンサーと一体化することで、ファッションの持つ物語性と身体性を強く印象づけるものだった。
また、装飾美術部門を支援するための慈善ディナー「Grand Dîner du Louvre」も話題となった。シャネル、ルイ・ヴィトン、ディオールなどの名だたるメゾンが参加し、総額100万ユーロを超える収益を上げたこの晩餐会は、ラグジュアリーと美術館という、これまで交わることのなかった領域が新たな形で結びついた象徴的な出来事だった。

結びに──ファッションは美術館に何をもたらすのか

マリーン・セルによる〈Rising Shelter〉は、廃棄された装飾布=かつてのタピスリーを再利用し、断片的な記憶と物語を縫い合わせて構成されたプレタポルテ・コート。花々、動物、唐草などのパターンが折り重なったその衣服は、終末的な未来におけるサバイバルと装飾性の再解釈を提示する。一方、手前に置かれた17世紀初頭の「鞭打ちの聖遺物容器(Reliquaire de la Flagellation)」は、信仰と儀式を可視化するために生まれた工芸の極致。その並置は、装飾が持つ「保存」「象徴」「語る力」を、時代と用途を超えて呼び覚ましていた。

リシュリュー翼506室、壁面を覆う中世のタピスリーを背景に、現代ファッションがそれぞれのかたちで“装飾”の意味を問いかける。アイリス・ヴァン・ヘルペンによる《Cathedral》は、ゴシック建築のフランボワイヤン様式を想起させる繊細なカーブと逆曲線によって、身体を彫刻として捉え直す作品。隣に並ぶエルメス(ナデージュ・ヴァニ=シビュルスキー)の構築的ドレスは、ホーン製のプレートを編み込んだチェインメイル状の構造が、ルネサンス装束や古代ギリシアの武具を思わせる。そしてジョナサン・アンダーソンによるロエベのトップスは、背中に添えられた金属製の小さな翼によって、中世のタピスリーに登場する天使像や神話的存在への穏やかなオマージュを捧げる。ここでは衣服そのものが、タピスリーと同様に象徴と物語を宿す媒体として空間に呼応していた。

シャネルによるこのドレスは、16世紀北ヨーロッパの男性礼装を彷彿とさせる構築的なフォルムを持ち、短い丈やプリーツのディテール、袖から覗く白いシャツ、誇張された肩のラインなどが、軍装と宮廷文化を象徴的に引用している。背景に並ぶタピスリーや武具、儀式用金属工芸といった権威の装飾品と呼応しながら、衣服が社会的地位やジェンダー規範を語るメディアであったことを再認識させる。シャネルの現代的感性は、この歴史空間の中で装飾と権力の記号を軽やかに読み替えていた。

この展覧会が示した最大の成果は、ファッションが単なる消費の対象ではなく、アートと同じく「時代精神の物質的な結晶」であるという事実だ。技術と感性、記号と装飾──それらが折り重なることで、クチュールは新たな視覚言語となってルーヴルの空間に溶け込んでいく。

高橋盾によるアンダーカバーのこの作品は、ルネサンス期の衣装を幻想的に再構成したコンポジット・シルエット。膝上で膨らむ短い丈は、16世紀男性用のサイヨン(カソック)を思わせ、その構造を女性用のガーメントへと転写している。蜂の巣状に浮かぶ黄色いプリーツには、マクシミリアン狩猟図タピスリーの人物たちが着用する装束の記憶が織り込まれており、仕立ての下半身はフェミニンなショートトレーンへと至る。金属製の武具やタピスリーが並ぶ展示空間において、この衣装は性別や用途の枠組みをずらしながら、装飾の引用がもたらす美意識の再解釈を体現していた。

マリア・グラツィア・キウリによるこのドレスは、クリスチャン・ディオールが生前親しんだ占いとタロットへの信仰を、15世紀のヴィスコンティ=モドローネ版タロットに重ねて刺繍として可視化したもの。図像化された運命の象徴たち(太陽、王、愚者、運命の輪など)が緻密に縫い込まれたマントは、装飾と占いが不可分であった時代への精神的回帰でもある。背景に掲げられた戦闘を描いた大判のタピスリーと並置されることで、個人の宿命と歴史の運命、その二重の“戦い”が視覚空間の中に重なり合う。装飾が持つ意味の層が、ここでは衣服そのものを超えて、時代や信仰、そして美術館という場にまで浸透していた。

背面にびっしりと刺繍されたのは、15世紀の「ヴィスコンティ=モドローネ版タロット」に登場する図像の数々。王、女帝、愚者、運命の輪……そのすべてが金糸と絹糸によって再解釈され、装飾のひと針ごとに象徴が宿る。戦場を描いたタピスリーを背負うように立つこの衣装は、まるで“運命の読み手”としての衣服自体が語りかけてくるようだった。

興味深いのは、この展覧会がいわゆる“モード展”でありながら、展示手法としてファッション作品に特別な照明や強調を施すことがないという点である。リシュリュー翼の展示室には自然光がほとんど入らず、タペストリーなどの保存のために部屋は薄暗く保たれている。その中に、あたかもそこに昔から存在していたかのように、ドレスたちはひっそりと展示されている。よく目を凝らさなければ、装飾家具や調度品に紛れて見落としてしまうほどの存在感の低さが、かえって作品と空間との融合を際立たせている。
これは、ルーヴル美術館ならではの演出といえるだろう。作品を強調するのではなく、あくまでその空間と歴史の中に「浸透」させていく。その静謐な一体感が、まさにルーヴル流なのだ。
芸術が服に触れ、服が芸術を語る──その瞬間に立ち会える贅沢を、ぜひとも体感してほしい。この特別展もいよいよ残すところ1週間ほど。モナリザだけを見て帰るには、あまりにも惜しい。パリを訪れたこの夏、ルーヴルの新たな挑戦を肌で感じてみてはいかがだろうか。

神話画が天井を彩るルーヴル宮「サロン・ドゥノン」の中心に展示されたこのドレスは、ジョン・ガリアーノがクリスチャン・ディオールのために制作した2006–2007年秋冬オートクチュール作品。流れるようなドレープは、天上の光と色彩に呼応しながら、床に映るタペストリーの絵画世界とひとつに溶け合う。まるで女神が舞い降りたかのような幻想的なシルエットは、この壮麗な広間において衣服が空間芸術の一部として昇華される瞬間を象徴している。

天井画と壁を飾る絢爛たるタピスリー、そしてルイ14世様式の重厚な家具に囲まれたこの部屋は、かつての王室礼拝堂を改装してつくられた壮麗な空間である。鏡面仕上げの床面が天井を映し出し、全体を劇的な舞台装置に変貌させる中、中央にはジョン・ガリアーノがクリスチャン・ディオールのために手がけた2006–2007年秋冬オートクチュールのドレスが置かれている。氷河のように青から白へとグラデーションを描くドレープと、そこに重なる羽飾りが幻想的な印象を与え、隣り合うイヴ・サン=ローランやルイ・ヴィトン、シアパレッリの作品とともに、空間の壮麗さと相まって観る者に忘れがたい余韻を残す。

展覧会情報

展覧会名: Louvre Couture – Objets d’art, objets de mode
会期: 2025年1月24日(水)〜2025年8月24日(日)
会場: ルーヴル美術館 リシュリュー翼 装飾美術展示室(Département des Objets d’Art)
住所: Musée du Louvre, Rue de Rivoli, 75001 Paris
公式サイト: www.louvre.fr

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ジャン=シャルル・ド・カステルバジャックによるこのルックは、17世紀のタピスリーに描かれた「マクシミリアンの狩猟」から抜け出してきたかのような幻想性をたたえている。ディズニーのバンビを模した子鹿のモチーフをジャカード風に配し、毛足のある帽子で大鹿の角を再現。壁を飾る織物と共鳴しながらも、中世の武勇と現代のポップカルチャーが軽やかに交錯する姿は、カステルバジャック特有のユーモアと詩情に満ちている。展示された部屋の壁面には、自然や狩猟を主題にした大判のゴブラン織が掛けられ、本作との間に時間と素材を超えた対話が生まれている。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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