写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

パリ15区、モンパルナス駅からほど近いアントワーヌ・ブールデル通り。近代的な集合住宅が立ち並ぶその一角に、時代から取り残されたような赤レンガの壁が続いている。 ブールデル美術館(Musée Bourdelle)。ここは単なる作品の保管庫ではない。19世紀末からこの地に根を下ろし、数多の芸術家たちが往来した「創造の磁場」そのものである。
場所の記憶:親密なアトリエから建築的空間へ

この美術館の特異性は、その建築的なレイヤー(層)にある。 敷地内に足を踏み入れると、まず私たちを迎えるのは1885年からブールデルが使用していた木造とレンガの古いアトリエだ。軋む床板、北側の高窓から差し込む柔らかな自然光、そして使い込まれた回転台。ここには、彼が家族と共に過ごし、生活の延長線上で制作を行っていた「19世紀の親密な時間」がそのまま真空パックされている。
しかし、回廊を進むにつれて空間は劇的な変貌を遂げる。1961年、ブールデル生誕100年を記念して増築された「大ホール(Grand Hall)」は、一転して神殿のような威厳を湛えている。さらに奥へと進めば、1992年にクリスチャン・ド・ポルザンパルクによって設計された現代的なコンクリートのウィングが現れる。 「生活の場」から「記念碑的な殿堂」、そして「現代的な展示空間」へ。この建築的なグラデーションこそが、ブールデルの彫刻が持つ多面性——人間的な温もりと、建築的な厳格さ——を体現している。
アントワーヌ・ブールデル:構築への回帰

アントワーヌ・ブールデル(1861-1929)を語る際、しばしば「ロダンの助手」という肩書きが先行する。しかし、彼の真価はむしろ師ロダンからの「離脱」にある。 ロダンが粘土を捏ね、内面から溢れ出る情動を流動的な表面(マチエール)に定着させようとしたのに対し、ブールデルが求めたのは「建築」であった。
「彫刻の命において、表面的な面は些事(アクシデント)に過ぎないが、深く構築的な面は運命(デスティニー)である」 大ホールの壁に刻まれたこの言葉通り、彼は古代ギリシャやロマネスク美術に回帰し、混沌とした情念を強固な構造の中に封じ込めようとした。《弓を引くヘラクレス》や《アルヴェアル将軍の記念碑》に見られるのは、肉体であると同時に、重力に抗って直立する「柱」としての人間像である。彼は石やブロンズという恒久的な素材を用い、揺るぎない秩序を世界に打ち立てようとした「構築家」であった。
マグダレーナ・アバカノヴィッチ:抑圧と繊維

その「永遠」を志向した石の空間に、今回介入したのがマグダレーナ・アバカノヴィッチ(1930-2017)である。彼女の作品の根底には、ブールデルとは全く異なる、ポーランドという土地が背負った過酷な歴史が横たわっている。
貴族の家系に生まれながら、ナチス・ドイツによる侵攻、そして戦後のソビエト連邦による社会主義体制下での全体主義的な抑圧。個人の自由が剥奪され、常に監視と思想統制の恐怖に晒された青春期。彼女にとって芸術とは、美の追求ではなく、生存証明そのものであった。 西側の作家たちがブロンズや大理石を自由に選べた時代、物資の乏しい東側で彼女が手にしたのは、麻袋やサイザル麻といった「ありふれた繊維」だった。しかし彼女は、この朽ちやすい素材を逆手に取る。タペストリーを壁から引き剥がし、内臓や皮膚を思わせる立体作品へと変容させることで、彼女は統制された社会における「個の脆さ」と、それでもなお内側に秘められた「生命の執着」を表現したのである。
対話:英雄と群衆


本展『La trame de l’existence(存在の織り目)』における最大の見どころは、この対照的な二人の魂が交錯する瞬間だ。
ブールデルが理想化した「英雄」や「神々」の顔には、明確な意志と性格が刻まれている。対して、アバカノヴィッチが並べる《Têtes(頭部)》や《Dos(背中)》の群像には、目も口もなく、個性が剥奪されている。それは英雄の時代が終わり、名もなき個人が歴史の波に飲み込まれていった20世紀の肖像そのものだ。
ブールデルの石は「永遠の静止」を夢見る。 アバカノヴィッチの繊維は「有機的な循環(生と死)」を呼吸する。
大ホールの白い石膏像の足元に、アバカノヴィッチの黒く重い繊維の塊が置かれたとき、そこには緊張感のある対話が生まれる。それは、建築的な秩序によって世界を構築しようとした男と、傷ついた素材によって世界の実存を問うた女の、時代を超えた衝突である。 モンパルナスの光の下で繰り広げられるこの静かな戦いは、私たちが「人間」という存在をどう定義するのか、その根源を鋭く問いかけてくる。
【展覧会情報】
Magdalena Abakanowicz: La trame de l’existence
会 期:2025年11月20日(木)~ 2026年4月12日(日)
会 場:ブールデル美術館(Musée Bourdelle)
開館時間:10:00 ~ 18:00(月曜休館)
GALLERY
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大ホールの奥に設けられた、建築家・装飾家ミシェル・デュフェ(1888-1985)の展示コーナー。 彼はブールデルの娘ロディアの夫であり、ブールデル美術館の初代館長として、アトリエの保存と増築に尽力した人物である。 ここには彼自身がデザインした家具が並ぶ。中央の赤い半円形のコモード(1919年)は、オーク材に漆と金箔を施したもので、日本美術の影響とアール・デコの洗練が融合している。彼は豪華客船「ノルマンディー号」の内装も手掛けた「スタイル・パケボ(客船様式)」の旗手でもあった。 ブールデルの「重厚な石」の世界とは対照的な、デュフェの「軽やかで滑らかなモダニズム」。異なる二つの才能が、家族という絆でこの場所に共存している。





























































































































































































































































































































































































































































