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彫刻家と建築家 —— アズディン・アライアとクリスチャン・ディオール、時を超えた美の対話

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

パリ、マレ地区。賑やかなリヴォリ通りから一本入ったヴェレリ通り(rue de la Verrerie)に、その重厚な扉はある。 かつて多くのファッショニスタやクリエイターたちが、まるで実家へ帰るかのように吸い込まれていった場所。伝説のクチュリエ、アズディン・アライアが1987年から住居兼アトリエとして構え、現在は彼の財団(Fondation Azzedine Alaïa)となっているこの場所で、いま、ファッション史における最も密やかで美しい対話が公開されている。
展覧会名は『Azzedine Alaïa et Christian Dior, Deux Maîtres de la Haute Couture(アズディン・アライアとクリスチャン・ディオール、二人のオートクチュールの巨匠)』。
これは単なる回顧展ではない。アライアが生涯をかけて収集した膨大なアーカイブの中から選び抜かれたクリスチャン・ディオールの傑作と、アライア自身の作品を並置することで、二人の天才がいかにして「女性の身体」と向き合ったかを解き明かす、極めて知的な試みである。

記憶の器としての建築


会場に足を踏み入れると、まずその空間の特異性に圧倒される。 頭上を覆う巨大なガラス屋根(ヴェリエール)、整然と並ぶ鋳鉄製の柱、そして剥き出しの煉瓦壁。ここはかつて、パリの老舗百貨店BHV(ベー・アッシュ・ヴェー)の倉庫として使われていた19世紀末の産業建築だ。
1987年、アライアはこの廃墟同然だった建物を購入した際、華美な装飾で塗り固めることを拒んだ。労働の記憶が刻まれた床や壁をそのまま残し、そこに自身の生活と創造の拠点を築いたのだ。彼にとってモードとは、飾り立てることではなく、本質的な構造を露わにすることだった。その哲学は、この建物の佇まいそのものと完全にリンクしている。
かつて、この場所には「アライアのキッチン」と呼ばれる伝説的な空間があった。深夜までミシンを踏んだ後、彼の手料理を囲んでスーパーモデルや芸術家、あるいは近所の友人が分け隔てなく食卓を囲む。この建物は、ただの仕事場ではなく、彼が愛した「家族」を守るための要塞であり、温かな家であった。本展は、そんな彼の体温が残る空間で行われていることにこそ、最大の意味がある。

守り人としてのアライア



なぜ、アライアとディオールなのか。 「ボディコンシャスの帝王」と呼ばれたアライアと、1950年代の優雅さを象徴するディオール。一見すると対照的な二人が交わるきっかけは、アライアの「守り人」としての側面にある。
自身のメゾンを一時閉鎖していた1990年代、アライアは密かに、しかし情熱的に過去の偉大なクチュリエたちの服を収集し始めていた。特にクリスチャン・ディオールの作品に対しては、並々ならぬ敬意を抱いていたという。オークションや古着店を巡り、散逸していく服を救い出し、自らの手で修復し、大切に保管する。彼は、自分自身の創作の源流を、ディオールの厳格な手仕事の中に見出していたのだ。

建築家と彫刻家


本展のキュレーションにおいて最も興味深いのは、二人のアプローチの違いを「建築家」と「彫刻家」という言葉で定義している点だ。
クリスチャン・ディオールは自らを「建築家」になぞらえた。重力の法則に従い、コルセットやパニエで土台を作り、その上に布を構築していく。彼の服は、緻密な設計図に基づく建造物である。 対してアズディン・アライアは、自らを「彫刻家」と捉えた。彼はデッサンよりも、モデルの身体に直接布を当て、切り、ピンを打ち、まるで粘土をこねるように形を探り当てていく。彼の服は、肉体と一体化する第二の皮膚である。
手法は違えど、目指す頂は同じだった。それは、女性の身体を最も美しく見せるための「構造」への執念である。
本展で公開された貴重なコレクションの数々。ここからは、その全貌を写真と共に巡っていこう。 言葉による解説は最小限でいい。服そのものが語る雄弁な構造美に、どうか耳を傾けていただきたい。

エピローグ:余韻の中で


展示の熱気を背に中庭へと出ると、そこには「アライアのおもてなし」の精神が息づくカフェ・テラスが広がっている。かつて彼のキッチンがクリエイターたちの集うサロンであったように、このガラス屋根に覆われた煉瓦造りの空間もまた、人々が語らい、時間を共有するための場所だ。
そして旅の締めくくりに、カフェの奥にあるブックストアへ足を運ぶ。ここは単なる物販コーナーではなく、アライアが愛した「知」を共有するライブラリーのような空間だ。テーブルには、いま目にしてきた展示作品を収録したカタログや、彼が敬愛した写真家たちの作品集が平積みされ、人々がページを繰る音が静かに響く。
一瞬の視覚体験であった展示を、永遠の記憶として持ち帰るための最後のチェックポイント。 エスプレッソの香りとインクの匂いの中で、私たちは改めて思う。アズディン・アライアという稀代の彫刻家が、クリスチャン・ディオールという偉大な建築家と交わした対話は、この場所がある限り終わることはないのだ、と。

展覧会情報
『Azzedine Alaïa et Christian Dior, Deux Maîtres de la Haute Couture』
会期:2025年12月15日〜2026年5月24日
場所:Fondation Azzedine Alaïa (18 rue de la Verrerie, 75004 Paris)

GALLERY

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左手の二着は、レースという繊細な素材がいかにして「強度」を持ち得るかの検証である。 クリスチャン・ディオールによる1951年の「Carmen(カルメン)」(左端)は、黒のシャンティレースで象牙色のチュールを覆い、小説のヒロインのような劇的な官能を描き出した。 対して、中央のアズディン・アライア(2016年秋冬)は、同じレース素材を用いながらも、それを「浮遊する装飾」ではなく「身体を彫刻する建築資材」として再定義している。ラッカー仕上げのレースが持つ強度は、一見すると儚げだが、実際には強固な構築性を秘めている。 右端の純白のドレスは、1948年頃のディオール「Boutique(ブティック)」ラインの一着。5段のフリルと黄色い造花が19世紀的なロマンティシズムを漂わせるが、特筆すべきはこれが「プレタポルテ(既製服)」という言葉が定着する以前に、その普及を予見して作られたラインであるという史実だ。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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