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「モードは祝祭」― ポール・ポワレとアール・デコの饗宴

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai


バカンス真っ盛りのパリ。パリジャンやパリジャンヌはバカンスでパリを脱出して、街はもぬけの殻になる―はずだった。

しかし昨今は様子が違う。コロナ以降、海外からの観光客は年々増加し、昨年のパリ・オリンピックの余波もあって、夏のパリはむしろ旅行者でごった返している。観光客の多くが向かうルーヴル美術館は連日長蛇の列で、ネットでの事前予約も困難なほどだ。

そのルーヴル美術館と回廊でつながる装飾美術館(Musée des Arts Décoratifs)では、現在「PAUL POIRET, La mode est une fête(ポール・ポワレ モードは祝祭)」が開催されている。会期は2025年6月25日から2026年1月11日まで。20世紀初頭のパリで女性のファッションを一変させたポワレの創作世界が、約550点の作品・資料とともに再構築されている。

モードの革命児


クリスチャン・ディオールが「ポワレが現れて、すべてを変えてしまった」と語ったように、彼はファッション史を揺るがした革命児だった。

1879年、パリの商人家庭に生まれたポワレは、仕立屋の見習いを経て、ドゥセやウォルトなどの著名メゾンで経験を積み、1903年に自身のメゾンを創業する。1906年には女性を締め付けていたコルセットを廃し、ゆったりとした直線的なドレスやチュニックを発表。高いウエストラインと流れるようなフォルムは、身体の自然な動きを引き出し、時代の解放感を象徴した。

ポワレは衣服だけでなく、着る人のライフスタイルそのものをデザインした。オリエンタリズムを大胆に取り入れた色彩と柄、異国風のシルエットは、当時のパリ社会に鮮烈な印象を与えた。1911年の「千と二夜」の舞踏会はその代表例で、邸宅を異国情緒あふれる空間に変え、ゲストに異国風の衣装を着せて祝祭を演出した。

アール・デコとの交差


1925年のパリ万国装飾美術博覧会で一躍脚光を浴びたアール・デコ様式は、幾何学的な装飾、贅沢な素材、都市的な洗練を特徴とする。ポワレはこれをいち早くファッションに取り込み、衣装だけでなく舞台装置やカタログデザインにまで反映させた。ジョルジュ・ルパップやラウル・デュフィとのコラボレーションはその象徴で、服と背景美術が一体化した空間演出は、まさにアール・デコの精神と響き合っていた。

美術と香水、そして総合芸術


「私はデザイナーではなく芸術家だ」と語ったポワレは、総合芸術のディレクターとしても活動した。1911年に創設した香水ブランド「パルファン・ロジーヌ」では、香りだけでなくボトルやパッケージの意匠にアーティストを起用し、ガラスや陶器にアール・デコ的装飾を施した。香水は衣装と同様に、彼にとって“身にまとう芸術”だった。

また、インテリアブランド「マルティーヌ(Martine)」では家具や壁紙、テキスタイルまで手掛け、住空間全体をコーディネートするライフスタイル提案を行った。服、香り、空間演出を一体化させたこの手法は、現代のラグジュアリーブランド戦略を先取りしたものだった。

祝祭の演出家


ポワレの催すパーティーは、今も伝説として語られる。千夜一夜物語の世界に浸らせる「千と二夜」、モダンダンスの旗手イサドラ・ダンカンを迎えた「バッカス祭」など、芸術家や著名人を集め、音楽・舞踊・美術が融合した総合的な祝祭を繰り広げた。これらは単なる社交の場ではなく、彼の美意識を具現化した舞台そのものだった。

栄光と波乱


第一次世界大戦後、ポワレのスタイルは時代の変化とともに徐々に影を薄くし、経営難に陥る。1930年代にはメゾンを手放し、表舞台から退いたが、その革新的な発想とビジュアル演出はファッション史に深く刻まれた。

現代への影響

本展では、ポワレの作品と並んで現代デザイナーの作品も展示され、彼の理念が今も生き続けていることを示している。直線的で流れるシルエット、大胆な色彩、舞台的な演出は、ジョン・ガリアーノ、三宅一生、山本耀司らの創作に受け継がれた。特に今回、日本人デザイナーの作品が並ぶ展示室は、ポワレの精神が国境を越えて影響を及ぼし続けることを実感させる。

『PAUL POIRET, La mode est une fête』は、単なる回顧ではなく、モードと美術、香水と装飾、そして現代のデザインまでをつなぐ創造の連鎖を一望できる舞台だ。アール・デコの香り漂う空間で、観客は20世紀初頭のパリにタイムスリップし、祝祭の中心で輝き続けたポワレの世界に浸ることができる。

展覧会情報

展覧会名:「Paul Poiret, la mode est une fête」(ポール・ポワレ、モードは祝祭)
会場:パリ装飾美術館(Musée des Arts Décoratifs, Paris)
会期:2025年6月25日~2026年1月11日
所在地:107 rue de Rivoli, 75001 Paris, France
公式サイト:https://madparis.fr/Paul-Poiret-la-mode-est-une-fete

GALLERY

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20世紀中葉のオートクチュールを代表する4着が並ぶ。左端はイヴ・サン=ローランによるディオール時代の1960年春夏「シルエット・ド・ドゥマン」コレクションのイブニングドレス〈ニュイ・ディスパハン〉で、タフタに鮮やかなプリントが映える。続く黒の「ミニュイ」イブニングコートは、ディオールが1948-1949年秋冬コレクション〈リーニュ・アリゼ〉のために制作したもので、絹ベルベットにアプリーケ刺繍を施した花模様が全体を覆う。右寄りには、エルザ・スキャパレリが1952-1953年冬コレクション〈シガール〉で発表した白地のケープ・ド・スワールが並び、最後に置かれた1950-1951年冬コレクション〈リーニュ・ド・ファス〉のイブニングドレスは、真珠や金糸刺繍をふんだんに施した豪奢な一着で、1951年6月の「18世紀スタイルの舞踏会」で着用された。これらはいずれも、当時のオートクチュールが誇った技巧と贅を尽くした素材づかいを象徴している。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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