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《Design, 1925–2025 : la Modernité en Héritage》—— クリスティーズが紡ぐ、百年のモダニティの物語

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

クリスティーズが紡ぐ、百年のモダニティの物語

パリ8区アヴニュー・マティニョン。
シャンゼリゼ通りから数十メートルという絶好の立地にありながら、この通りにはブティック的な華やかさよりも、ギャラリーやアートディーラー特有の静謐が漂っている。白い石灰岩のファサードと黒いバルコニーの鉄細工が整然と並ぶ街区は、19世紀オスマン都市計画の成果をそのまま留めており、パリの中でも屈指の“文化資産通り”だ。
その一角に赤いオーニングとバナーを掲げるのが、クリスティーズ・パリ本社である。

もとは19世紀後半に建てられた高級邸宅といわれる建物で、石造の装飾や手摺に当時の職人技が息づく。ロンドンで誕生したオークションハウスが、このアヴニュー・マティニョンをパリ拠点に選んだのは、単なる利便性だけではないだろう。長い時間をくぐり抜けてきた建築そのものが、美術とデザインの歴史を受け止める“器”としてふさわしいからだ。

Design, 1925-2025 : la Modernité en Héritage(モダニテの継承)


1925年、パリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」は、近代デザインの出発点として今も語り継がれている。戦後の再生を象徴するその博覧会は、新しい生活のための“合理と装飾の調和”を提示し、以後の 20 世紀デザインに揺るぎない基準を残した。
その年からちょうど一世紀を見渡すタイトルが、今回のオークション「Design, 1925-2025 : la Modernité en Héritage(モダニテの継承)」だ。1925年博覧会が掲げた理想から、戦後モダニズム、ポストモダン、そして21世紀のデザインへ──モダンの“遺産”がどのように受け継がれてきたのかを、一点一点の作品を通して辿ろうとする試みである。

展覧会さながらにデザインの物語が対話するプレビュー会場

プレビュー会場に足を踏み入れると、そこが単なる売買の場ではなく、精緻にキュレーションされた展覧会として立ち上がっていることに気づく。照度のコントロール、壁面の余白、視線の導線、家具の高さと間合い。すべてが計算され、デザイナー同士が静かに対話を交わす“デザインの物語”が空間の中に編み込まれている。

時代を感じさせない美しいライン


もっとも象徴的なのが、シャルロット・ペリアンが1952年、パリ国際大学都市チュニジア館のために制作した《Console “Tunisie”》と《Bibliothèque “Tunisie”》を中心に構成された部屋だ。
折り曲げた鋼板と木材、フォルミカを組み合わせた軽やかな構造に、赤・黄・黒のモジュールが挿し込まれた家具は、戦後フランスが目指した「合理と装飾の調和」をそのまま立体化したような存在である。用途は徹底して日常的だが、そのラインには彫刻的な緊張が宿り、70年以上を経てもまったく古びる気配がない。

工業素材を用いつつも失われない人間的温度


対面する壁面には、ヴァーナー・パントン《Spiegel》のアルミニウム製ウォールライトが縦に並ぶ。金属の反射と奥行きのある陰影が、ペリアンのモジュール家具と共鳴し、空間全体を一枚のコンポジションのように見せていた。デンマーク出身のパントンとフランスのペリアン──バックグラウンドは異なりながらも、工業素材を使いながら人間的な温度を失わない、という点で1925年以降のモダンデザインの系譜につながっている。

モダンデザインの一つの答えとしての作品




隣の部屋では、ラランヌ夫妻のユニークな世界が広がる。
クロード・ラランヌによる《Pomme Bouche》や《Petit oiseau sur la balançoire》、青銅のキャベツに脚が生えた《Choupette》といった作品は、彫刻とオブジェと日常用品の境界を軽やかに飛び越えていく。葉脈や羽根の質感を細部まで写し取ったガルヴァノプラスティの技術はきわめて精緻だが、出来上がったかたちはどこかユーモラスで、思わず微笑んでしまう。ここにもまた、「合理と装飾」の緊張関係を抱えたモダンの一つの答えが見える。

重要なモティーフとなっている照明


照明は、今回のセールを貫く重要なモティーフでもある。
Serge Mouilleによる《Appliques “Cachan”》は、1957年に若い労働者向け住宅の部屋用にデザインされたものだが、黒く塗装されたアルミニウムのシェードは、光の向きと強さを細やかに制御するための純粋な“道具”であると同時に、壁面に鋭い影を落とす彫刻でもある。会場では、このムイユの照明がペリアンやパントンの作品に柔らかな光を与え、1950年代フランスの機能美が現在の空間にすっと接続されていた。


別室では、ロジャー・タロンのフロアランプ《Soleil Module 400》や、マリア・ペルゲイ《Vague》、ロン・アラッド《Rolling Volume》など、1960年代以降のデザインが並ぶ。タロンのランプはアルミニウムの球体と棒材だけで太陽系のようなフォルムを構成し、ペルゲイの波打つスチールの寝椅子は、ミニマリズムの冷ややかさと身体性を同時に抱え込む。アラッドの椅子は、叩き出されたスチールの塊が、座るための器であると同時に純粋な曲面の彫刻として迫ってくる。

「色と素材による装飾」の系譜を感じられる陶芸作品


素材のレイヤーを変えるのが、Jacques & Dani Ruelland の陶器作品だ。
乳白がかったローズ、深いルージュ、琥珀のようなイエロー──釉薬の溶け込みがつくるグラデーションは、金属と木のストイックな面をやわらかく受けとめ、空間全体に静かなリズムを与えている。ここにも1925年博覧会以降のフランスが得意としてきた「色と素材による装飾」の系譜が見て取れる。

フランスモダニズムの到達点

終盤には、ジャン・プルーヴェの椅子やテーブルが登場し、構造と機能に徹した彼のデザインが、ペリアンやムイユとどのように響き合うかが示される。折り曲げ鋼板やチューブスチールを用いたプルーヴェの家具は、一見素っ気ないほど合理的だが、現物を前にすると、部材同士が交わるディテールに驚くほどの繊細さが潜んでいる。その姿は、1925年以降のフランス・モダニズムが到達した“合理の極北”ともいえるだろう。

受け継がれる“合理と装飾の調和”という理想

こうして会場を一巡してみると、「Design, 1925-2025 : la Modernité en Héritage」というタイトルの意味が自然と腑に落ちてくる。
1925年博覧会が示した“合理と装飾の調和”という理想は、単にひとつの様式を生み出しただけではない。素材の選び方、光の扱い方、生活空間へのスケール感──それらの指針として、20世紀のデザイナーたちに受け継がれ、21世紀の現在もなお更新され続けている。その軌跡を、クリスティーズ・パリという歴史ある建物の中で一望できるのが、今回のオークション・プレビューなのである。

パリの中心で、これほど密度の高いデザイン史の横断を“体験”として味わえる機会は多くない。
アヴニュー・マティニョンの静かな街路に戻る頃には、日々の生活を支える家具や照明の向こう側に、100年分のモダニテの記憶が重なって見えてくるはずだ。

《Design, 1925–2025 : la Modernité en Héritage》は、パリのクリスティーズ本社(9, avenue Matignon)にて、下見会が11月22〜26日、オークションは11月26日14時30分より開催された。

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静かに浮かび上がる青の構成を三方向から照らすのは、セルジュ・ムイユが1957年に手がけた《アプリーク〈Cachan〉》。若年労働者のための寮室のために設計されたこの灯具は、鋭い造形を持ちながら空間に圧を与えず、光だけを極めて彫刻的に扱う。 アルミニウムと金属を黒でまとめたミニマルなフォルムが、作品の青を柔らかく拾い上げ、壁面に落ちる影までも一つの構成要素として取り込んでいる。三点のライトがつくる不均一な光のリズムは、ムイユ特有の“視線を導く照明デザイン”そのものであり、1950年代フランスの機能美がそのまま現代の展示空間へ息づいている。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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