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1925–2025 アールデコの100年 ― オリエント急行が導く時の旅

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

ルーヴル美術館で起きた「今世紀最大の強奪事件」は、パリの文化関係者にとって衝撃的なニュースだった。ナポレオン三世ゆかりの宝飾品が白昼堂々と盗まれたという報道が駆け巡った翌日、同じルーヴル宮の翼に位置する装飾美術館(Musée des Arts Décoratifs)では、「1925–2025 Cent ans d’Art Déco(アール・デコ100年展)」のオープニングセレモニーが粛々と行われた。朝からルーヴル美術館前には数百メートルに及ぶ入場待ちの列ができていたが、館の職員が「本日は閉館」と告げると、不思議なほど静かに人々の列が消えていった。緊張と落ち着きが入り混じる空気の中、隣接する装飾美術館だけが予定通りの開幕を迎えるという、なんとも象徴的な光景であった。

未来に向けて“再構築されたアール・デコ”


展示会場に一歩足を踏み入れると、まず出迎えるのは〈オリエント急行〉の世界。1920年代、ヨーロッパを東西に結んだこの列車は、単なる移動手段ではなく、まさに“動く宮殿”であった。車内を飾ったラリックのガラス装飾、ルールマンの家具、ポワレやランヴァンがデザインしたテキスタイル。すべてがアール・デコが象徴する「機能と装飾の融合」を体現している。今回の展示では、当時の豪華列車〈エトワール・デュ・ノール〉の客室を再現した実物大のキャビンとともに、建築家マキシム・ダンジャック(Maxime d’Angeac)が手がけた新生オリエント急行のモックアップが並置されている。そこには過去の栄光を懐かしむだけではない、未来に向けて“再構築されたアール・デコ”の姿があった。

フランス的エスプリの新車両デザイン



彼の手による新しい車両デザインは、古典的な素材の詩情と現代技術の軽やかさが共存する。照明の陰影やブラスの光沢、そして天井に走る幾何学的なモチーフが織りなすリズム。まるで1925年の博覧会で誕生したアール・デコの精神が、21世紀の旅に再び息を吹き返したかのようだ。列車という閉じられた空間に、装飾と機能の均衡を追い求めるフランス的エスプリ。その系譜を、ダンジャックは建築的ディテールと素材へのこだわりで見事に再現している。

“未来への楽観”と“機械の美”



この展覧会の興味深い点は、オリエント急行を起点に、アール・デコがいかに“移動の美学”を育んできたかを辿る構成にある。鉄道から航空機、そして豪華客船へと至る流れは、20世紀初頭の人類が「速度と快適さ、そして美」を同時に求め始めた時代を象徴している。会場の後半では、ル・ブルジェの飛行機サロンを思わせる航空内装の模型や、ノルマンディー号に代表されるオーシャンライナーの船室デザインも紹介されている。いずれも、アール・デコがもたらした“未来への楽観”と“機械の美”を讃えるものであり、パリという都市がその中心であったことを改めて思い知らされる。

アール・デコの再解釈と生活空間への再融合



装飾美術館の展示は、単に歴史を振り返るための回顧展ではない。現代のデザイナーや職人たちが、アール・デコをどのように解釈し、再び生活空間に息づかせようとしているのかをも示している。マキシム・ダンジャックのオリエント急行再生プロジェクトをはじめ、カルティエによる幾何学的なジュエリー、そしてアール・デコの構築美を受け継ぐ建築模型。すべてが、“過去から未来へ”という時間軸の中で精密に組み上げられている。

パリに今も残るアール・デコ様式

パリには今もなお、当時のアール・デコ様式を宿す建物が数多く残る。シネマ・ル・グラン・レックス、パレ・ド・ショヨー、あるいは16区のモダンなファサード群。曲線的で幻想的なアール・ヌーヴォーに比べ、アール・デコはより現代的で理知的なデザイン語彙を私たちに遺した。だからこそこの展覧会は、100年前の“装飾の革新”を今の視点から再発見する貴重な機会となっている。
ルーヴルの騒然としたニュースをよそに、隣室で静かに幕を開けたこの展示は、むしろ「時間の中を旅する」ことの意味を改めて問いかけているようだった。アール・デコとは、単なる装飾様式ではない。光と影、速度と静謐、そして芸術と技術の間を行き来する“生きたデザイン”なのだ。

information

Cent ans d’Art déco(アールデコ100年)

展覧会名:1925–2025「Cent ans d’Art déco(アールデコ100年)」
会期:2025年10月22日(水)~2026年4月26日(日)
会場:パリ装飾美術館(Musée des Arts Décoratifs / 107, rue de Rivoli 75001 Paris)
開館時間:火~日 11:00–18:00、木曜は夜間開館~21:00/月曜休館
公式パートナー:Orient Express(オリエント急行/Accorグループ)

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オリエント急行の照明史を一堂に集めたヴィトリン。右手の半球型シェード群はCIWLが1920~30年代に採用した卓上ランプ(約1925/約1930、金属・テキスタイル)で、ルネ・プルーの系譜に連なる実例。中央~左にはマキシム・ダンジャックとアトリエ・プルサティル/アトリエ・レイサックによる新生オリエント急行のプロトタイプ(2021–2025、金属・テキスタイル/型押しガラス)を配し、バー、スイート、レストラン各セクション用の仕様を提示。素材とディフューザーの設計を継承・更新し、車内照明を「機能×審美」の基準で再定義している。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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