画家、デザイナー、そして美術教師として活躍したジョセフ・アルバース(1888-1976)。ドイツで生まれ、バウハウスで学び、のちに教師となり基礎教育を担当しました。バウハウスが閉鎖した後に渡米。ブラックマウンテン・カレッジや、イェール大学に勤務し、戦後アメリカの重要な芸術家たちを育てます。
アルバースは授業の目的を、『目を開くこと』だと述べています。彼はただ知識を教えるのではなく、学生に課題を与え、手を動かして考えることを促しました。そうして答えを探求することで、色彩や素材のもつ新しい可能性を自ら発見させようとしたのです。そしてアルバース自身もまた、生涯にわたり探求を続けました。そこから生み出されたのが、バウハウス時代のガラス作品から、家具や食器などのデザイン、絵画シリーズ〈正方形讃歌〉に至る、多様な作品群です。本展ではアルバースの作品を、彼の授業をとらえた写真や映像、学生による作品とともに紹介します。制作者/教師という両側面からアルバースに迫る、日本初の回顧展です。
ジョセフ・アルバース《正方形讃歌》1952–54年 DIC川村記念美術館
© The Josef and Anni Albers Foundation / JASPAR, Tokyo, 2023 G3217
バウハウスで教えた素材の探求
ドイツのヴァイマールに創設されたバウハウスに、アルバースは学生として入学。後に教師としてバウハウスが閉校するまで携わります。教師として彼が主に担当したのは、専門教育に先立つ、造形のための基礎演習でした。現在ではとりわけ色彩への取り組みで知られるアルバースですが、授業で一貫して重視したのは、素材の性質を把握し、効率よく扱う方法を習得することです。バウハウスではガラス画工房や家具工房でも教え、家具、食器などのデザインを手掛けるほか、ガラス作品も制作しました。
ジョセフ・アルバース《破片の入ったグリッド絵画》1921年頃 ジョセフ&アニ・アルバース財団
© The Josef and Anni Albers Foundation / JASPAR, Tokyo, 2023 G3217
Photo: Tim Nighswander/Imaging4Art
ジョセフ・アルバース スタッキング・テーブル 1927年頃 ジョセフ&アニ・アルバース財団
© The Josef and Anni Albers Foundation / JASPAR, Tokyo, 2023 G3217
Photo: Tim Nighswander/Imaging4Art
アメリカへ移住し、ブラックマウンテン・カレッジでは自然を取り入れた先進的な教育を
バウハウスが閉校して間もなく、アルバースは創立されたばかりの学校「ブラックマウンテン・カレッジ」から招聘され、妻のアニとともにアメリカに移住します。リベラルアーツ教育を目指した同校では、芸術がカリキュラムの中心に位置づけられていました。この新しい環境で、アルバースは自然物を素材として課題に用いるなど、より先進的な環境を授業に取り入れていきます。この地で過ごした15年間は、抽象絵画や版画にも取り組み、後の展開に繋がる重要な時期になりました。
ジョセフ・アルバース リーフ・スタディ I 1940年頃 ジョセフ&アニ・アルバース財団
© The Josef and Anni Albers Foundation / JASPAR, Tokyo, 2023 G3217
Photo: Tim Nighswander/Imaging4Art
作者不詳[ブラックマウンテン・カレッジの学生]マチエール(黄色い四角が塗られた石、紙)1940年代頃 ジョセフ&アニ・アルバース財団
イェール大学へ、そして深まる色彩の探求
1950年、アルバースはイェール大学に着任します。この頃から、彼は色彩への取り組みで知られるようになっていきました。彼の色彩課程では、さまざまな色の錯覚を作り出すことが求められ、学生たちは試行錯誤しながら課題と向き合うことで、色彩をより正確に見て、選び出す経験を積みました。一方、この年から20年以上にわたって続けられた絵画シリーズ〈正方形讃歌〉は、正方形による決まったフォーマットに色彩を配置した作品で、隣接する色同士が様々な効果を生み出してきます。色彩を移ろいやすいものと考え、その働きを動的に捉えようとするアルバースの探求が、ここには反映されているといえるでしょう。画家としての彼を一躍有名にしたこのシリーズと共に、主著『色彩の相互作用』(邦題:『配色の設計』)にも使われた学生の作品を展示することで、アルバースの色彩への取り組みを再考します。
ジョセフ・アルバース《プリズムのような II》1936年 ジョセフ&アニ・アルバース財団
© The Josef and Anni Albers Foundation / JASPAR, Tokyo, 2023 G3217
Photo: Tim Nighswander/Imaging4Art
ジョセフ・アルバース《正方形讃歌のための習作:針葉樹の中心》1961年 公益財団法人アルカンシエール美術財団 / 原美術館コレクション
© The Josef and Anni Albers Foundation / JASPAR, Tokyo, 2023 G3217
ワークショップでアルバースの課題に挑戦
1972年、アルバースは版画集〈フォーミュレーション:アーティキュレーション〉を出版します。過去に制作した作品を元にした、集大成ともいえるこの版画集から、前期、後期に分け15点を展示します。各作品にはアルバース自身のテキストが付けられており、それらをイメージとともに読むことで、彼の造形に対する思考や色彩への探求を追体験できる展示となっています。また本展では、アルバースが学生に出した課題に挑戦できる常設のワークショップスペースが設けられています。実際に手を動かしてみることで、色の不思議さや楽しさを再発見できる体験となっています。
課題1は、色のマジック。1つの色が2つに見えるように工夫を。課題2は3色の世界。同じ色から違う世界が生まれます。課題3は透明のトリック。透けていないのに透けて見えるように。課題4はひだ折りの練習。しなやかな紙を立ち上げましょう。
アルバースと学生たちは、新聞や雑誌、包装紙など身近なものを活用して課題に取り組みました。本ワークショップでは、色彩や印刷等に関わるエヒメ紙工株式会社、グリム・エヒメ株式会社、株式会社竹尾、DICデコール株式会社の協力を得て、紙のアップサイクルにも取り組んでいます。
作者不詳[イェール大学の学生]色彩演習 1958–60年頃 ジョセフ&アニ・アルバース財団
Courtesy of the Josef and Anni Albers Foundation
鑑賞後はアルバースにインスパイアされた和菓子でティータイムを
館内の茶席には、和菓子作家・坂本紫穂監修による本展のための特別メニューがラインナップ。7/29〜9/3に提供されるのは、「色彩演習」にインスパイアされた逸品。色鮮やかな錦玉とかために仕上げた練りきり餡で透明/不透明の色の重なりを表現しています。9/5〜11/5に提供されるのは、「正方形讃歌」を想起させるお菓子。正方形の重なりを錦玉と羊羹に置き換え、真っ白な正方形の求肥でやさしく包み込みました。抹茶とともにいただけるアルバースの作品にインスパイアされた和菓子で、アートなティータイムをぜひ。
茶席特別メニュー「色彩演習」
茶席特別メニュー「正方形讃歌」
撮影:高橋マナミ
『ジョセフ・アルバースの授業 色と素材の実験室』
会期:2023年7月29日(土)〜 11月5日(日)
(会期中に一部展示替えがあります。前期:7/29-9/18、後期:9/20-11/5)
開館時間:9:30-17:00(入館は16:30まで)
休館日:月曜(9月18日、10月9日は開館)、9月19日(火)、10月10日(火)
入館料:一般1,800円、学生・65歳以上1,600円、高校生以下無料
(障害者手帳をお持ちの方と付き添い1名まで無料)
会場:DIC川村記念美術館(千葉県佐倉市坂戸631)
問い合わせ:050-5541-8600(ハローダイヤル)