日本の美意識を表現する「ガラスの呼継」
「命の煌めき・再生」をテーマに、世界的に活躍するガラス造形作家、西中千人氏。日本古来の美意識にインスパイアされた独自の表現を追求する作品は、ヴィクトリア&アルバート博物館(ロンドン)をはじめ国内外の著名美術館に収蔵されている。
西中氏の作品の最大の特徴は、自ら創作したガラス作品をあえて一度叩き割り、壊れたパーツを継ぎ合わせていること。「ガラスの呼継(よびつぎ)」と呼ぶこの手法は、陶芸における日本の伝統技法「呼継」をガラス作品に引用したもので、日本ならではの「不完全の美」という美意識を根底に持つ。そうして表現される氏の日本人作家としてのアイデンティティは、西欧のガラスアートの因習を打ち壊し、新たな可能性を切り拓いている。
さらに昨今、西中氏はSDG’sの観点からリサイクルガラスにも着目する。アートを通じた資源循環型社会への提言に取り組んでおり、その作品は花器やオブジェにとどまらず、庭や公共施設のインスタレーションまで多岐にわたる。
2019年には、リサイクルガラスの枯山水「つながる」を京都法然院に創作。使用済みガラス瓶を回収、分別、洗浄、再溶融し、アップサイクルしたリサイクルガラスを用いて制作したオブジェを同院の参道に沿って配置し、全長40mに及ぶ長大なアート空間を生んだのだ。日本庭園とガラスのオブジェを融合させたこの作品は、命の繋がりや資源循環による持続可能な社会への課題を提起している。
フランスのシャトーホテルで紹介された日本の文化
さて、そんな西中氏のガラスアートを紹介するイベントが、2022年11月にフランスのエクス・アン・プロヴァンスで開催された。茶の湯、日本料理、日本酒とのコラボレーションによるこのイベントは、豊かな自然に囲まれたフランスの5つ星ホテル「シャトー・ドゥ・ラ・ ゴード(Chateau de la Gaude)」 の主催によるもの。氏の茶道具を使った茶会と作品鑑賞、アーティストトークに加えて、同ホテルのシェフであるマチュー・デュプイ・ボーマル氏とかつてミシュラン3つ星「龍吟」で腕を磨いた野田一成氏による創作日本料理、及び日本酒「作 ZAKU」とのマリアージュが披露された。
エクス・アン・プロヴァンス郊外の緑の中に佇む、18世紀に建てられた「シャトー・ドゥ・ラ・ゴード」は、2019年にホテルとしてその門戸を開いたばかり。優雅に蘇ったシャトーは今日、ワインやアート、ガストロノミーを中心に、アール・ドゥ・ヴィーヴルの世界に触れるためのユニークな場となっている。
茶会が行われたのは、ホテル内の日本料理レストラン「KAISEKI」だ。積み上げられたワイン樽(同ホテルは敷地内にワイナリーを所有する)と華麗なシャンデリアで装飾された店内はほの暗く、抹茶を点てるお手前の手元と西中氏が手掛けたガラスの茶道具のみが光の中に浮かび上がる。この日招待された現地の顧客40名は、あたかも神聖な儀式を目撃しているかのように息を潜めてその様子を見つめ、目の前で繰り広げられる幻想的な世界に魅了されていた。
お茶と菓子でのもてなしの後はアーティストトークの時間となり、西中氏自ら作品の特徴である「呼継」と「リサイクルガラスの枯山水」について紹介。「皆さんとても熱心に耳を傾けてくださり、作品の礎となる日本の文化と美意識についてたくさんの質問を受けました」と本人が語るように、客席からは次々と質問が飛び、非常に高い関心が示された。
「アートが文化を運び、人と人を繋ぎ、友好が生まれることを感じた」と西中氏は言う。フランスの知識層における日本文化への関心の高さは良く知られているが、この日参加された方々も、古くからヨーロッパに根付くガラス文化と融合する日本の美意識に感嘆し、またとない特別な機会に多くのことを学ぼうと、一瞬一瞬を真剣に楽しんでいたようだ。
ディナーでは野田氏による繊細な料理が西中氏の作品である器に盛り付けられて、双方が引き立て合う美の世界が招待客を喜ばせた。ガラスの酒器には、日本酒「作 ZAKU」が惜しみなく注がれた。
2023年の出展予定
フランスでは2018年に、パリ装飾美術館「ジャポニスムの150年展」への出品も果たした西中氏。海外での評価は高まるばかりだが、今年、日本でも以下のスケジュールで個展や出展が予定されており、氏の作品を間近に目にすることができる。
3月9日〜6月4日
京都市京セラ美術館 「跳躍するつくり手たち:人と自然の未来を見つめるアート、デザイン、テクノロジー」
4月5日〜11日
岡山高島屋 美術画廊「西中千人展」
5月24日〜30日
ジェイアール名古屋タカシマヤ 美術画廊「西中千人展」
6月7日〜13日
日本橋高島屋 美術画廊「西中千人展」
最後に西中氏が自らの作品に、日本人としての美意識のみならず次のような強いメッセージを込めていることもご紹介しておこう。
「自ら作った器を叩き壊すのは、今の自分を超えるため。過去の延長上に未来は無い」
まさに今の時代に必要不可欠なスピリットを宿す作品を、自らを鼓舞するために傍に置いてみてはいかがだろう。
ガラス造形作家 西中千人
https://nishinaka.com