エマ・ウェブスター(1989年生まれ)は、スタンフォード大学(2011年卒業)とイェール大学で学び、2018年に絵画の修士号を取得。2021年には、彼女の風景と画像作りについてのエッセイ集『Lonescape: Green, Painting, & Mourning Reality』を出版したロサンゼルス在住のアーティストです。ペロタンソウルに続き、ペロタンでの2回目の個展となる本展では、新たに描き下ろされたドローイングとペインティングを展示します。
本展のタイトルである『The Dolmens』は、支石墓とも呼ばれる巨石墓の一種。主に日本や朝鮮半島を中心に散見され、柱のように立てた石の上に平たい石を屋根のように被せたものや碁盤形のものなどが存在します。展示作品は、だまし絵のようなものや、支石墓のなかに広がった空間に二次的な空間が広がったものがあり、これは複数のレイヤーで構成されているペロタン東京の建築からインスピレーションを得て制作されたものです。
Exhibition views of Emma Webster “The Dolmens” at Perrotin Tokyo. Photo by Keizo Kioku. Courtesy of the artist and Perrotin.
VRを駆使したユニークな制作過程
エマ・ウェブスターの風景画は、観る人を異世界に送り込みます。彼女が描く世界は、説得力がありつつも幻想的であり、空間に対する高揚感と神秘的なファンタジー世界が融合しています。彼女の絵画は、仮想現実内でのハイブリッドなスケッチング・彫刻プロセスから生まれています。
ウェブスターはまず、VRを装着し仮想現実で空想の立体世界を構築し、その後その世界のレンダリングモデルを写真に撮ったように平面に落とし込みます。その2次元化された画像をプロジェクターでキャンバスに写し、ペインティングを施していくのです。
この制作過程についてウェブスターは「現実世界でジオラマを作りそれを基にペインティングをしていた頃は、身体的、物理的に限界を感じていましたが、私はどこにも存在しない世界を創り出したかった。VRの世界では、自分が万物の創造主になることができ、ライティングや、木々の配置など、自分ですべてをコントロールできます。VRの中で制作する世界は、物理的な限界を超え、どんな大きな彫刻でも自由に作り出すことができるのです。描き出す世界は空想でどこにも存在しませんが、私にとっては自分のスタジオで生まれた身近な世界なのです」と語っています。
Exhibition views of Emma Webster “The Dolmens” at Perrotin Tokyo. Photo by Keizo Kioku. Courtesy of the artist and Perrotin.
絵画の中をさまよう体験
金沢21世紀美術館チーフ・キュレーターである黒澤浩美は語る。「絵画は20世紀に至るまで、長らく「遠近法」というシステムに頼って世界を二次元に固定してきました。その後、写真や映像が花開いていく時代になり、画家は絵画の役割について自問しながらイメージを作り出し、それを見るという行為についても問い直しを続けてきています。
VRのようなテクノロジーは、かつての画家の試み、つまり二次元に三次元を創り出すという矢印をそのまま延長して、観察者自身を含む環境を、結果に影響を与えること無しに客観的な記述はできないとする、エンドフィジックスにまでたどり着こうというものでしょう。しかし、エマ・ウェブスターによる、その矢印を再度二次元に戻すという行為は興味深い。
Bardo,2023 | Emma Webster | Oil on linen
152.4 × 274.3 × 3.8 cm | 60 × 108 × 1.5 in
Photo: Marten Elder
Courtesy of Perrotin and the artist
ウェブスターが使うVRは、次元と知覚、イメージへの没入の度合いについてもその先をいくものです。彼女の創作活動は、何時間も何日も風景を見つめ続けた上に、それを二次元に創作し直します。VR装置は、次元の障壁を越えて物理的な現実の場の拘束を解き、直接に世界を作り出すようなもので、彼女はそれを二次元に定着させることで更なる、イリュージョンを生み出していくのです。次元の境界を超えた奥行きのある風景画は、絵画の外から描かれた世界を把握するというよりも、鑑賞者が風景画の中で世界を記述することに等しく、視覚を通した次元の往来は確実に成功しているといえるでしょう。
ウェブスターの取り組みは、テクノロジーによって自然の見え方や感じ方を本質的に変容させてしまった、我々を取り巻く現実の環境の変化にも呼応しています。これまで風景画として想像の中でモノ化されてきた自然と、自然以外の境界が流動的になるのに呼応するかのように、環境が人工的で複雑化するにつれ、そもそも自然に対する現実感が薄れてしまっているという副作用的な事実にも直面することができるのです。
テクノロジーが操作するのはVR内のことだけでなく、ある時は、ほとんど非現実と思われていたことが、次の瞬間には完全な現実として立ち現れます。何が現実なのか、現実は確実であるという概念への揺らぎと同時に、テクノロジーが現実を操作してリアルさを薄めてしまうという状況は、ウェブスターが、作品をドラマチックに演出し、人間が作り出し得ない異質な空間の公差や連結を操作することに似ているともいえる。ウェブスターの作品は、まさに自然という人間の外部で独立して存在していたと信じていたものが、実は人間の内部で作り上げられたものではないかという視点の存在を示唆しているのです。
A Viper in my House, 2023 | Emma Webster | Oil on linen
152.4 × 213.4 × 2.5 cm | 60 × 84 × 1 in
Photo: Marten Elder
Courtesy of Perrotin and the artist
また、ウェブスターの作品には、固定された視点が存在しません。視線が絵画の中をさまようにつれて鑑賞者も風景の中をさまよい始めます。絵画の奥にも傍にも空間が広がることが示唆され、これはすでにウェブスターの制作を追体験していることに他ならないのです」
エマ・ウェブスター展「The Dolmens」
会期:〜 4月26日(土)
時間:12:00〜18:00(日/月/祝日休み)
会場:ペロタン東京(東京都港区六本木6-6-9 ピラミデビル1階)
https://www.perrotin.com/