「山形座 瀧波」が切り拓く、ローカルガストロノミーの新たな地平
左から「ボン ダボン」の多田昌豊氏、「山形座 瀧波」代表の南 浩史氏、「ヴィラ アイーダ」の小林寛司シェフ、「山形座 瀧波」の原田 誠シェフ、「ヴィラ アイーダ」の小林有巳氏
創業100年を超える山形県南陽市赤湯温泉の「山形座 瀧波」が、新潟県南魚沼の名宿「里山十帖」の岩佐十良氏をクリエイティブディレクターに迎え、大規模なリニューアル及びリブランディングを行なったのは2017年のこと。新社長 南 浩史氏の指揮のもと、サービスも料理も進化させ、いまではRelux 2022年度上半期ランキング東北エリア部門1位に選ばれるまでに成長を遂げている。
上杉家ゆかりの、築350年以上と言われる大庄屋の屋敷を移築・改装した本館内に、北欧モダンやミッドセンチュリーモダンの名作家具を配したインテリアは見て美しく、身を置いて快適。さらに、足の裏でじかに感じる無垢の木肌が寛がせてくれる。
プライバシーを重んじる客たちの間で人気なのが、大浴場とは別に、全19室の客室すべてに設えられた専用の源泉掛け流し露天風呂。空気に触れないように運ばれた新鮮な源泉を、誰の目も気にすることなく、滞在中いつでも、何度でも堪能できる。
ほのかに硫黄の香りがする温泉はミネラル分が豊富で、うっすらと塩気を帯びている。本館玄関前にはつくばいのような飲泉所があり、飲むこともできる。二日酔いなどの体調不良を和らげてくれるというから、こちらも“飲む温泉療養”として試していただきたい。
さて、いよいよ「山形座 瀧波」で定評のある料理について紹介していこう。「その日、その時の最高の食材で食事を提供する」という想いを込めて「1/365」と名付けられたダイニングで腕を振るうのは、料理長の大前拓也氏。地元、置賜地方の「有機野菜ネットワーク」で繋がる生産者から仕入れた旬の新鮮な野菜をメインに、山の幸、海の幸に恵まれた山形県の豊かな食文化を、洗練されたひと皿に昇華させて提供している。
レストラン「1/365」エントランス脇のセラー。地元産の酒、そしてワインの種類の多さに驚かされる
それをさらに引き立てるのが、こちらも豊かな山河に育まれたのちに地元の造り手によって醸される、バラエティに富んだ日本酒とワインのセレクション。料理に合わせてソムリエが選ぶ、レアな地酒を含むテイスティングメニューでのご賞味をぜひお薦めしたい。
ミシュランスターシェフを迎えての、新たな展開とは
リニューアル後、着実にファン層を増やしてきた「山形座 瀧波」に、さらにグルマンたちが注目することになるニュースが飛び込んできたのは、2021年も終わりを迎えようとしていた頃。新潟県三条市で、ミシュラン一つ星のイタリア料理レストラン「イル リポーゾ」のオーナーシェフを務めていた原田 誠氏が加わったのだ。
厨房に立つ原田 誠シェフ
料理長の大前氏がつくる日本料理と、新たに原田氏がつくるイタリア料理という二本柱を得た「山形座 瀧波」が目指すのは、「わざわざ食べに来たくなる宿」。2023年春には同じ敷地内に新たにオーベルジュ「オステリア シンチェリータ」を開業する計画があり、そこに向けての第一歩というわけだ。
ロビーに展示されたオーベルジュ「オステリア シンチェリータ」の模型
では第二歩は? というところで始まっているのが、話題のシェフたちを招いてのコラボレーションディナーである。これまでも蔵元と提携してのペアリングディナーなどを開催してきた経緯があるが、今回8月28日、29日の2日間にわたって開催されたイベントでは、“ローカルガストロノミーの旗手”と謳われる和歌山県岩出市のミシュラン二つ星イタリア料理レストラン「ヴィラ アイーダ」の小林寛司シェフと、岐阜県関市を拠点とし“日本唯一のパルマハム職人”として知られる「ボン ダボン」の多田昌豊氏を招聘。コラボレーションから生まれる新たなガストロノミーを体験しようと全国から集まったグルマンたち、さらには3人のスターシェフそれぞれのファンたちを前に、夢の共演を繰り広げた。
山形県の豊かな食材とスターシェフたちの幸福な出会いから生まれた
今日ここでしか味わえない料理
まだ外が明るいうちに口火を切ったのは、レストランではなくロビーラウンジで供されたアペリティフ。客の目の前で「ボン ダボン」の多田氏がスライスする24ヵ月熟成もののペルシュウ(イタリア・パルマの方言でのパルマハムのこと。玉石混交の「生ハム」が流通する日本で、本物にこだわる多田氏があえて用いる呼称)は、驚くほどふわっとした軽やかな食感で、しかも口に入れると体温によってねっとりととろける。と同時に口腔と鼻腔を満たすのは、食欲をそそる程度に塩気を帯びた、しっかりとした肉の香り。一緒に供される地元のワインがさらに食欲をそそり、客たちはすでに恍惚の表情を浮かべている。
そうこうする間に、いよいよ食事の準備が整ったとの嬉しい知らせが。案内されて向かったダイニング「1/365」には、いよいよ始まる饗宴を前に、いくばくかの緊張と、それにも増して喜びの表情を湛えたシェフたちの姿が。「ヴィラ アイーダ」の小林シェフが、こう挨拶を述べる。
「今日お召し上がりいただくのは、2週間前に視察に訪れた時から、当日使う地元の食材を確認しながら準備したメニューです。準備はしましたが、予想より寒くなったので、ぎりぎりのタイミングで変えた品もあります。お造りとお椀と米沢牛はリクエストのあった課題料理だったので、そのアレンジに自分なりの工夫を凝らしました。原田シェフの背景と、宿のある置賜盆地という土地性のそれぞれを生かせるように考えた料理を、こちらもローカル縛りのワインと日本酒のペアリングでお楽しみください」
そうしてスタートしたディナーを飾ったのは、二十四節気七十二候の処暑、「天地始粛(てんちはじめてさむし)の頃」をテーマとした9品の料理。まさに「その日、その時の最高の食材で食事を提供する」ことをモットーとしてきた宿の伝統に、敬意を表したものと言えよう。
上から「郷土」茄子、「霞」山形地鶏、舟形マッシュルーム、「お楽しみ」白桃、鬼灯
一つひとつの料理の説明は割愛するが、例えば最上川の若鮎や、舟形マッシュルーム、米沢牛のイチボ、蕎麦の実、雲南百薬(オカワカメ)など、この日、この場所でなければ出合えなかった地元の食材は、シェフたちの卓越した技によってその味を見事なまでに際立てられ、洗練された器への盛り付けによってはさらに目を喜ばせる形で供された。それを味わうのみならず、時にカウンター越しにスターシェフたちと言葉を交わし、盃を打ち合わせつつ、特別な饗宴を楽しんだ客たちにとっては、忘れられない一夜となったに違いない。
「山形座 瀧波」の進化は続く
大成功に終わったコラボレーションディナーから、わずか1ヵ月後。9月23日、24日には“東京和食”を五感で体験する、ミシュラン二つ星の日本料理店「久丹」の中島功太郎シェフを招いてのコラボレーションディナーが開催された。他の地方で活躍する、異なる才能との出会いから生じる化学反応は「山形座 瀧波」の料理文化をさらに発展させるための大きな力、そして刺激となるだろう。2023年春のオーベルジュ開業、そして次なるコラボレーションディナーにも注目したい。