パリのアフターコロナは新たな美術館から「コレクション・ピノー」落成

パンデミックの影響で予定よりオープンは遅れたが、訪れる者にとっても辛抱の甲斐は多々あった。近年、進められてきたパリのど真ん中であるレ・アール地区の再開発、その画竜点睛ともいうべきプロジェクト、旧パリ穀物取引所の建物をコンテンポラリー・アートの美術館として蘇らせる「ブルス・ドゥ・パリ ピノー・コレクション」が落成したのだ。いまだ不要不急の渡航が叶わない時期だからこそ、今回は現地での撮り下ろし写真を通じて、このパリの最新アート・スポットの内部へ案内しよう。

歴史的建造物が安藤忠雄の手によって改装され美術館に

まず、その名が冠せられたケリング・グループ(いわゆるグッチ・グループ)のフランソワ・ピノー会長は、アートの熱心なコレクターかつメセナといて知られているが、彼がパリ市側の委託管理会社と50年間の借地契約を結び、優雅な円形屋根をもつ16世紀以来の歴史的建造物を預かる格好で、この新しい美術館のプロジェクトは始まった。ルネサンスから19世紀の新古典主義、オスマン様式まで、各時代の様式の影響の混交する建物は、完全修復されるだけでなく、安藤忠雄事務所の手による大胆な改築を経て、ついに5月半ばに一般公開されたのだ。場所は2016年に旧レ・アール跡地を覆うように建てられたラ・カノペの開口部の先にあって、サン・ユスタッシュ教会の隣。それこそルーブル通りすぐ脇にあり、ルーブル美術館とポンピドゥ・センターの中間といえば、分かりやすいだろう。

元々、この辺り一帯は16世紀にカトリーヌ・ドゥ・メディシスが建てさせた「王妃の宮殿」で、今も円筒形の建物の南東側に宮殿時代の記念碑である「コロンヌ・メディシス」と呼ばれる柱頭が遺されている。場所と建物はその後、何度も改修を重ねて時代ごとに用途を変えながら、18世紀末にはパリの生鮮食品市場だったレ・アールの一部として穀物市場に、19世紀には穀物取引所として今でいう先物取引の場となった。その後、金融機能としての証券所はヴィヴィエンヌ通りに移され、第二次大戦直後に旧穀物取引所の建物はパリ市から商工会議所へ、象徴的な1フランで譲渡管理されていた。

市場だった頃は、様々な穀物があらゆる方向から運ばれては、売買の末に異なる方向へ発っていくため、建物はドーナツ型の円形構造が採られた。だがストックした穀物が痛むのを防ぐために、18世紀後半に初めて中心部を高い丸屋根天蓋で塞ぐことになる。当初は木材の梁や銅屋根で覆われていたが、何度かの焼失を経て、19世紀半ばからは金属とガラスに置き換えられた。何度かの大修復を経て現在に至る天蓋は19世紀後半の作で、これこそが「クーポール」と呼ばれ親しまれる、きわめてパリ的でいて当時のモダンを代表する建築だったのだ。

その歴史性を損ねることなく建物の魅力を今に蘇らせるため、起用された建築家が世界の安藤忠雄だったことは、意外どころか既定路線ですらあった。これまでも安藤はフランソワ・ピノーのコンテンポラリー美術館として、ヴェニスのパラッツォ・グラッシとプンタ・デッラ・ドガーナの改装を手がけてきた。そもそも成熟したパートナーシップであるのに加え、パリに自らの美術館を設立することは、実現しなかった郊外の元ルノー工場跡地、セガン島の再開発計画で明らかになった通り、ピノー氏の宿願でもあった。

安藤忠雄らしいタッチは、建物内部に足を一歩踏み入れた瞬間、おなじみのコンクリートの質感として目に飛び込んでくる。建物の内周に加わるように、高さ9m、直径29mの剥き出しのコンクリートによって、地下含め5層のシリンダー状の構造物が造られたのだ。建物上階の内窓や、穀物が運ばれて来る情景の描かれた19世紀の壁画、そして天蓋から降り注ぐ光を遮ることはなく、地上階のセンタースペースからから上方を仰ぎ見たときの眺めは、きわめてクラシック。

だがふと、自らの足元と同じ高さのフロア周囲を見渡すと、そこはコンクリートで緩やかに仕切られた「ロトンド」と 呼ばれる円形かつメインの展示スペースで、7の椅子によるインスタレーションが散らばっている。無題ながらウルス・フィッシャーの作品だ。

こうして来訪者は建物の中心部、もっとも光の降り注ぐ場所で、コンテンポラリー・アートの世界に絡めとられ、上方への意識と興味に衝き動かされることになる。円筒コンクリートウォールの外周は回廊、文字通りのギャラリーとなっており、ロトンドを起点に上階へギャラリー2、同3・・・と続く順路によって、7つのギャラリーへと螺旋状に導かれる。「ル・シランドル(ザ・シリンダーの意)」と呼ばれる円筒コンクリートウォールが、仕切り壁から各ギャラリーへのアクセスへと、役割を変えるのだ。無論、エレベーターも備わるバリアフリー対応だ。

デヴィッド・ハモンズやベルトラン・ラヴィエのポップでアイロニカルなインスタレーション作品に続いて、ギャラリー3ではシンディ・シャーマンらの写真作品や絵画作品、そしてマルシアル・レイスのルネサンス的構図によるワイドフォーマットの絵画のような、大作もある。

▲トマス・シューテ作、「マン・イン・ウィンドIII」(右)。作家ごとに組となる絵画作品やブロンズ像が一同に会する様は圧巻。
▲マルシアル・レイス作、「イスィ・プラージュ、コム・イスィ・バ(こちらビーチより、あちら側と同じく)」は、ルネサンス的構図で現代のビーチのグロテスクな様相を描いた作。
▲ルドルフ・シュティンゲル作「無題(パウラ)」。写真作品は点数も豊富。

「OUVERTURE(開くこと)」と題されたテーマから見えるもの

ところで今回の開館記念のテーマ展は「OUVERTURE(開くこと)」と題され、アートが多様性や新しい知見や経験、ものの見方を獲得する手段であることを、発表資料の中でフランソワ・ピノー会長は繰り返し、強調している。

さらに最上階に歩を進めると、カフェ・レストラン「HALLE AUX GRAINS(アール・オー・グラン、穀物市場のこと)」が併設されており、アート鑑賞と散歩を楽しんだ来訪者に、今度はフランスらしい食卓のアートを提案するという趣向だ。その切り盛りを任されたのは、オーブラックで長らく三ッ星を保持し、日本でも洞爺湖や軽井沢に店を構えることで知られる、ミシェル・ブラとセバスチャン・ブラの親子シェフだ。穀物とコンテンポラリー・アートは、まるで共通項がないようでいて、じつは同じく人の暮らしに欠かせない「日々の糧」であることにも気づかされる。もちろん、味わってみないことには始まらないので、アフターコロナに楽しむべきデスティネーションとして気に留めておいてはいかがだろう。
▲併設カフェ・レストランのアール・オー・グランを任されたのはミシェル・ブラとセバスチャン・ブラ。

入場料/大人14ユーロ、学生割引等10€、18歳以下無料。
オンラインでのチケット予約は、billetterie.pinaultcollection.com/
アドレス/2, rue de Viarmes 75001 Paris
開館時間/11~19時(金曜のみ~21時、火曜定休)

文・南陽一浩
写真・吉田タイスケ

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