木片の記憶、時間の修復——Atelier Lemaire

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

ロワール渓谷の静謐な森に抱かれたクルイ=シュル=コッソン(Crouy-sur-Cosson)。ここに、数世紀にわたるフランスの美意識を守り抜く砦がある。「アトリエ・ルメール(Atelier Lemaire)」。
主宰するジュリアン・ルメールにとって、家具の修復とは単に機能を回復させる作業ではない。それは、過去の職人が木材に込めた意志を読み解き、現代という通過点を経て、未来へと手渡す儀式である。

彫刻家の夢から、修復家の使命へ


ジュリアンがこの世界に足を踏み入れたのは1991年。当初、彼は自身の表現を追求する彫刻家を志していた。しかし、木という素材と向き合う中で、その関心は「自己表現」から「他者の痕跡」へと移ろっていく。
父と共に木を削る喜びに原点を持つ彼は、家具職人(ébéniste)としての基礎を学ぶため、フランス各地を巡る旅に出た。カンタル(Cantal)、ジュラ(Jura)といった木工の聖地で研鑽を積み、素材の声を聞く術を体得する。その後、歴史的記念物(Monuments Historiques)に関わる高等技術者免状(BTS)を取得。技術と理論の両輪を備えた彼は、運命に導かれるように現在の工房へと辿り着いた。
従業員として長年このアトリエを支え、約10年前に先代から経営を継承した。自身の名を冠した「アトリエ・ルメール」となった今も、彼の手には彫刻家としての繊細な感性と、修復家としての厳格な倫理が共存している。

信頼という名の顧客層


アトリエの顧客リストは、フランスの歴史そのものと言っていい。 シャンボール城(Château de Chambord)、ユッセ城(Château d’Ussé)、そして文化省の地方出先機関であるDRAC(Direction Régionale des Affaires Culturelles)。国宝級の文化財を預かるこれらの機関からの依頼は、技術への絶対的な信頼の証である。
一方で、依頼の70%は個人の顧客が占める。 近隣のシャトーを所有するオーナーから、代々受け継がれた家具を慈しむ愛好家まで。彼らは皆、「高価な修理」ではなく、家族の記憶を守るための「対話」を求めてこの扉を叩く。アトリエの立地は、かつて戦略的とは言えなかったかもしれない。しかし現在では、パリを含むフランス全土から、真正な仕事を求める人々が彼を指名して訪れる。

エピソード:王の孤独と技術の粋

アトリエの実績として語られるエピソードには、歴史の教科書には描かれない「モノ」としてのリアリティがある。

ルイ17世の玩具


タンプル塔に幽閉された幼き王太子、ルイ17世。彼が孤独な時間の中で遊んだとされる玩具の修復。絵画の中に描かれたその玩具が、実在する物体として作業台に載る時、職人は悲劇的な歴史の証人となる。

ルイ14世の金庫とマザランの小箱

太陽王ルイ14世の個人的な金庫や、マザラン枢機卿のものと目される(98%の確度とされる)カセット。これらは単なる収納家具ではない。権力の中枢にあった秘密を守るための堅牢な造り、そして富を象徴する装飾。金貨やバチカン由来の貴重品が隠されていたという「54の秘密」を持つセクレテールの修復では、当時の絡繰り(からくり)技師との知恵比べが行われた。

1919年製 ロラン・ピラン(Rolland-Pilain)

対象は17-18世紀の家具に留まらない。トゥールで製造された1919年製の木製ボディを持つ自動車、ロラン・ピランの修復。あるいは、シャンボール城に眠る5台の馬車のクリーニング。 木材が使われている限り、それが家具であれ乗り物であれ、ジュリアンの守備範囲だ

継承される系譜


現在、アトリエでは15世紀の聖歌隊席(stalles)の修復という大仕事が進んでいる。4メートルの巨大なブロック、3人の職人が費やす1000時間もの工数。 そこには、かつてジュリアンがそうであったように、バカロレアを経てこの世界に入り、歴史と向き合うことに情熱を注ぐ若き職人の姿もある。

多様な時代、多様な素材、多様な技法。


アトリエ・ルメールにあるのは、過去を美化する懐古主義ではない。徹底したリサーチと技術に裏打ちされた、現在進行形の「保存」という戦いである。

Atelier Lemaire

Atelier Lemaire – Restauration et Conservation de meubles d’art
6 rue des aéronefs,
37210 Parçay-Meslay
FRANCE

GALLERY

001

Image 1 of 32

16-17世紀イタリア製キャビネットの解体部材。黒檀(ébène)の基盤に、ラピスラズリの青と、象牙・真珠母貝の白が象嵌されている。修復工程における位置管理のため、白いテープでナンバリングが施されている。数百年前の接着剤を剥離し、再度組み上げるための静かな解剖の記録。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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