秘かなる深淵あれこれと目くるめく新体験 リニューアルされたベルリンの魅力とは

欧州の観光都市といえば、パリとロンドン、そしてローマにプラハやアムステルダム、バルセロナにウィーンといった辺りが、訪問者数トップ10の常連だった。人流を含め、概して変化が少ないと捉えられがちな欧州大陸で、コロナ禍を挟んでトップ10圏外からじつは驚異的な伸び率を見せている街がある。ドイツの首都、ベルリンだ。

無論、ベルリンはこれまでも観光都市だった。東西を隔てていた壁の跡や旧KGBの遺構や犠牲者といった厄災の歴史が転じて、人類史上例を見ない経験をした街として、ダーク・ツーリズムの需要が少なからずあった。ポツダム広場やチェックポイント・チャーリー、イーストサイド・ギャラリーが、いわゆるマス・ツーリズムの定番スポットだった。

空の玄関はモダンなブランデンブルク-ヴィリー・ブラント空港に

ところがコロナ禍の間に、着々とリファービッシュ&リニューアルを進めたベルリンの姿、そして欧州域内のツーリストの受け止め方は、明らかに変わりつつある。まず空の玄関がブランブルク-ヴィリー・ブラント空港へ移され、すっかり新しくモダンになった。ベルリンはこれまでシェーネフェルト、テンペルホーフ、テーゲルと、3つの空港を運営してきた過去があるので、じつに4つ目の空港となる。

旧東西ベルリンを繋いだ地下鉄と新生博物館の数々

交通インフラでもうひとつ画期的な出来事は、地下鉄「U5」の開通だ。コロナ禍真っ只中の2020年12月に開かれたこの新線は、旧東西のベルリンを初めて繋いだことになる。しかも「博物館島(Museum insel)」で知られるベルリンの中心地の博物館の数々は、コロナ禍の間に新たに整備が進んだ施設も少なからず、そして今や古典から現代アートまで、2024年は興味深いテーマ展を含めプログラムが目白押しとなっている。

装いを新たにしたテンペルホーフ空港

ところが、こうした動きと並行して、古いモノもそぞろ同時に整備され居住まいを新たにしているのが、ベルリンという街の面白さだ。まず空港方面では、かのテンペルホーフ空港が装いを新たにし、再び一般の見学を受けつけるようになったのだ。
1948年に旧ソ連が西ベルリンを封鎖し、四方を旧東ドイツに囲まれた西ベルリンの市民やインフラは、まさしく四面楚歌の状態に陥った。このベルリン封鎖の時、アメリカをはじめとする連合軍が空輸で生活物資を1年近くも運び続け、自由主義陣営の橋頭保となったのが、テンペルホーフ空港だったのだ。

今日、その名も「テンペルホーフ」というSバーン(都市近郊線)および地下鉄駅もあるが、実際に訪れるなら地下鉄U6の「Uプラッツ・デア・ルフトブリュッケ」駅側から訪れることを勧める。テンペルホーフは第一次大戦前にはライト兄弟がデモを行った由緒ある場所で、第二次大戦後は民間の「西ベルリン空港」としての役目も果たしたが、今日の遺構のほとんどは第三帝国、つまりナチス時代に由来する。

第三帝国時代のシンボルをも活用した巨大なパースペクティブ

U6側からアクセスすると、全体主義特有の威圧感ある建物の雰囲気がたっぷり見られる。コの字型の本棟の奥は、巨大な半円形のハンガーとなって左右に広がっており、さらに楕円形の滑走路と誘導路スペースがあるが、地上目線からはその全容の一部を窺うのみ。禍々しいほどの巨大なパースペクティブだ。ちなみに入口に置かれた鷲の頭は、第三帝国時代のシンボルの一部だが、白頭鷲を象徴とするアメリカ空軍が駐留してからも、折角だから使ってしまえと残されていたのだとか。こういう露悪的な逸話を大事に残すのが、いかにも権力や体制を嫌う今日のベルリン気質といえるだろう。

時代の生き証人でもある建築物

向かって左奥のカウンターでチェックインを済ませ、いざ構内の見学に出る。太い柱廊で囲われガランとした出発/到着ロビーは、荷物コンベアがある通り、民間の空港として機能していた名残。レストランのサインごと、ドイツの唱和という趣だ。滑走路へ近い方に進んでいくと、楕円形ハンガーの内側にいることに気づく。雨の日も巨大な軒下に守られるとはいえ、元々ここは戦時中のナチス時代は、かのスツーカ急降下爆撃機の製造拠点でもあった。今では使われない滑走路は、屋外イベント用のレンタルスペースとなっており、構内は2030年まで改築計画が施される。体制が変わる中で昔の基本設計を留めたテンペルホーフ空港の建築は、それこそ時代の生き証人でもあるのだ。

ベルリンらしく負の歴史遺産も常に新しいページに

それにしても、ベルリン封鎖直後から西側最前線の米軍基地となったとはいえ、この禍々しい建物にアメリカ人たちはならではの陽気をもちこんだ。1950年代という時代背景もあるが、何と本棟フロアの一部をボウリング場に仕立てたのだ!



同じように空港内には体育館も設えられ、「ベルリン・ブレーブス」という空軍所属のバスケットボールチームがおもに使っていたとか。以前は街を爆撃していた国の飛行機が数年後に生活必要物資を運んでくれた後の顛末が、これなのだから、信じられないほどの悲喜劇、感情の抑揚ではないだろうか。イーストサイド・ギャラリーもそうだが、暗い歴史のあった場所にも、つねに新しいページが力強く書き加えられていく、それがベルリンらしさなのだ。

欧州の都市の未来を垣間見るベルリン

でも東京を訪れるツーリストがその未来的側面を楽しんでいくのと同じく、EU圏内からベルリンを訪れるツーリストたちは欧州の都市の未来を、ベルリンに見出している。それが今、もっとも端的に表れているのが改装されたベルリンの博物館島、そして少し離れたところにあるノイエ・ナショナルギャラリーだ。

質の高い展示で客足の絶えないノイエ・ナショナルギャラリー

まず後者は2023年4月、現代アートの名匠、ゲルハルト・リヒターから100点の作品の寄贈を受けた。以来、スタートした記念展示は2026年まで開催が決まっており、1年近くを経た今も客足が絶えない。円熟と老境を迎えたアーティスト本人が、深く関与した展示において、その手腕を強く焼きつけてくるのは、「ビルケナウ(2014年制作)」と名づけられた黒と赤が印象的な連作、そして周囲の作品との配置や関係性だ。


向かい側には薄いグレーで曇ったような、ハーフミラー状の「Spigel(シュピーゲル、2014年制作)」という作品が相対している。「Der Spigel(デア・シュピーゲル)」という名の新聞がドイツにはあるが、元々は「ザ・鏡」という意味だ。加えて脇の通路には、ドイツ国旗のような黒赤ゴールドの3色で、先のビルケナウとは対照的に、はっきりとした線と筆致が際立つ作品が覗いている。国家と曇ったような鏡、そして強制収容所の名をもつ作品に囲まれ、この場を訪れた者は何を想うか?あるいは理性的・倫理的に何を迫られているのか? それこそ強烈に迫って来る。
こうした質の高い展示が、ルドヴィク・ミース・ファン・デル・ローエが設計したモダン建築の、しかもディヴィッド・チッパーフィールドの監修によってリニューアルされたばかりの空間で行われているのだ。

ファン・デル・ローエは後期バウハウスの中心的建築家だが、ナチスに追われてアメリカに亡命し、シカゴには彼が手がけた高層建築が数多くあるが、ドイツ国内に残る唯一の作品がノイエ・ナショナルギャラリーなのだ。しかも2023年のプリツカー賞受賞者であるチッパーフィールドは「Form matters(形は重要である)」を唱え、自らのミニマリストな手法ごとバウハウスの影響を遠からず認めている。

博物館島のアルテ・ナショナルギャラリーでも見逃せない催し

もうひとつ、今年ベルリンで見逃せない催しが博物館島にある。同じくチッパーフィールドが大規模修繕を監修したアルテ・ナショナルギャラリーの方でも、カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの生誕250年を記念した特別展「Infinite Landscape(無限の風景)」が4月19日~8月4日にかけて、行われるのだ。

カスパー・ダーヴィト・フリードリヒは長年、忘れ去られていたロマン派の画家だが、諧調豊かな光のグラデーションを精緻かつ幻想的に描いた作品が、英国のジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナーと並んで、注目されるようになった。フリードリヒとターナーは、1歳違いの同時代人だ。カスパー・ダーヴィト・フリードリヒの回顧展は昨年来、ドイツ中で予定されていて、今年中にハンブルクからベルリンを経由し、ドレスデンでも開催される。

かくもフリードリヒの絵画が注目を集める理由は、気候変動や環境保護で世の中が揺れる今、自然に謙虚に向き合い畏怖する作風が、再評価されているためといえる。アートや芸術作品は、観る時の時代や人々によって捉え方やアクチュアルな文脈と結びつき、つねに新たな解釈を、そして場合によっては新しいインスピレーションや方向性をも生み出していくのだ。

クロイツベルク界隈で楽しむストリート・フード

ちなみにベルリンといえば、カリーヴルストをはじめドイツ式ストリート・フードの都でもある。これらを楽しむなら、イーストサイド・ギャラリーからシュプレー川を挟んだ南岸、クロイツベルク界隈がいい。



この辺りは下町転じて、若い家族などが好んで済むようになった街区で、個人商店が通りの両側を埋め尽くし、明るい時分から賑わいを見せている。


「街一番のバッド・フード」といった、一見して入りづらそうな店も少なくないが、フライドチキンとポテトに、白トリュフなどたっぷり目のトッピングなど、なるほど新感覚ながらパンチの効いた味が楽しめる。

お得さで若者に人気のビバレッジ専門スタンド

あとクロイツベルクだけでなく、ベルリンで使いこなしたいのが、ビバレッジ専門スタンドというかお酒の小売店だ。春先以降の温かい季節はとくに、地元のベルリンの人々は少々のアルコールやテイクアウトのフィンガーフードをこうしたお店で仕入れては、シュプレー川の河岸で座り込んで、プチ・ピクニックを楽しむ。

とくに合理性重視の若い人たちにとっては、給仕のいるカフェやバーでサービス料を払うより断然、安上がりなのだそう。

高級住宅街で古典的スイーツを味わう

あるいは古典的スイーツを味わうなら、今度は高級住宅街へ。ティアガルテン北のベルビュー駅で、創業1852年という老舗、「Konditorei G.Buchwald(ブッフヴァルト)」のバウムクーヘンがおすすめだ。しっとりとしたテクスチャーと控えめな甘さは、散策疲れの身体に染み入る優しさといえる。


古くて変わらないようでいて、いつも新しいものが迎えてくれるのがベルリン。定番コース以上に、自分の体験を信じて周る方が面白い街だからこそ、人が集まり続けているのだ。

<旅情報へのリンク>
・ブランデンブルクーヴィリー・ブラント空港
ber.berlin-airport.de/
・テンペルホーフ空港
www.thf-berlin.de/
・イーストサイド・ギャラリー
www.visitberlin.de/en/east-side-gallery/
・ゲルハルト・リヒター展(ノイエ・ナショナルギャラリー)
www.smb.museum/en/exhibitions/detail/gerhard-richter-100-works-for-berlin/
・カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ展(アルテ・ナショナルギャラリー)
www.smb.museum/en/museums-institutions/alte-nationalgalerie/exhibitions/detail/caspar-david-friedrich/
・クロイツベルク
www.visitberlin.de/en/bezirke/friedrichshain-kreuzberg
・コンディトライG.ブッフヴァルト
www.konditorei-buchwald.de/<クレジット>
Text, photo/ Kazuhiro NANYO Special courtsy of German National Tourist Board, Visit Berlin, DZT Japan Office

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