ヴェルサイユに息づく共和国の記憶

写真/文: 櫻井朋成
Photo/text: Tomonari Sakurai

ヴェルサイユ宮殿といえば、豪華な食事と舞踏会、太陽王ルイ14世に象徴される絢爛たる王政のイメージが強い。しかしこの宮殿には、フランス革命以後も、共和国としてのフランスを支えてきたもう一つの顔がある。向かって左手、南側に広がるミディ翼の奥に、かつて大統領が選ばれ、国家の未来が語られた議会の間〈サル・デュ・コングレ〉が静かに息づいている。

ヴェルサイユ宮殿中庭に面した北翼の一角。かつて王に仕えた大臣たちの空間は、第三共和政期には議会機能の一部を担う場へと転じていった。右手のアーチは、特別公開されたサル・デュ・コングレや議会議長の公邸への入口にあたる。

ヴェルサイユ宮殿というと太陽王ルイ14世が築き上げた壮麗な建築、そして絢爛豪華な王政文化の象徴として、今なお世界中から人々を惹きつけている。ルイ16世とマリー・アントワネットは特に日本でも人気が高く、贅を尽くした食卓やドレス、社交の場としての舞踏会など、王侯貴族の優雅な暮らしを体現した場所としてのイメージは、21世紀の今も強く残っている。年間800万人以上が訪れるという数字が、この場所の魅力と影響力の大きさを物語っている。 

幾度となく体制の転換を経験してきたフランス

ナポレオン1世の戴冠式(ダヴィッド原画、複製作品)。ルーヴルに所蔵される原作を、ヴェルサイユ宮殿の「サクルの間」に合わせて壁面用に再構成したもの。旧王礼拝堂を転用したこの部屋は、王政から帝政へと続くフランスの政体転換の記憶を視覚的に定着させる場となっている。

「シャン・ド・マルスにおける鷲章の分与」。1804年、ナポレオンは新たに帝政を宣言したフランス軍に対し、忠誠の象徴である鷲章を授けた。ヴェルサイユ宮殿では戴冠式の絵と向かい合わせに掲げられ、皇帝の即位と軍事的支配の正当化を象徴する空間構成をなしている。

しかし、この壮麗な空間の裏で、フランスという国は幾度となく体制の転換を経験してきた。1789年に始まったフランス革命は、王政の終焉を意味しただけでなく、共和制という新たな国家のかたちを模索する長い旅の始まりでもあった。第一共和制は、自由・平等・友愛という理念を掲げつつも、ギロチンによる恐怖政治に彩られた激動の時代となった。1799年、ナポレオン・ボナパルトのクーデターによって第一帝政が成立し、中央集権の強い国家が築かれるが、それも1815年のワーテルローの敗北で崩壊する。

度重なる政権交代から比較的安定した共和体制へ

Victor Bachereau-Reverchon《鏡の間に設けられた野戦病院、1871年1月19日の翌日》(1877年)
第三共和政150周年記念特別展の一環として展示された作品。普仏戦争中、ヴェルサイユ宮殿はプロイセン軍に占拠され、王政の象徴である鏡の間は一時的に野戦病院として使われた。画家はこの出来事から6年後に、自身の記憶をもとにこの情景を描いた。

第三共和政を制度的に確立させた1875年憲法の草案作成にあたる委員たちを描いた作品。重厚なインテリアと沈着な姿勢が、制度設計という作業の緊張感を静かに伝えている。

その後、王政復古(ブルボン朝および七月王政)を経て、1848年に第二共和政が成立するものの、再びクーデターが起き、ナポレオン3世による第二帝政が始まる。だがこの体制も長くは続かず、1870年、普仏戦争においてナポレオン3世がプロイセン軍に敗北し捕虜となることで帝政は崩壊。そして1870年9月4日、第三共和政が宣言され、ここからフランスはようやく比較的安定した共和体制を築くことになる。

共和体制の象徴的舞台であったヴェルサイユ宮殿

ヴェルサイユ宮殿・サル・デュ・コングレ(合同議会場)1875年のワロン修正および憲法法により、フランス大統領は上下両院(代議院と元老院)の合同会議「アッサンブレ・ナショナル」によって選出される制度が定められた。この制度に基づき、1876年にヴェルサイユ宮殿南翼に新設された本会場で、1953年までに16名の大統領が選出された。王立オペラ座を元に改築された円形の議場は約900人を収容可能で、ルイ14世時代の内装様式を反映している。現在でも、憲法改正時や大統領の特別演説など、上下両院合同会議の場として使用されている。

議員席の木製デスク(サル・デュ・コングレ)サル・デュ・コングレ(合同会議場)の議員席には、一人ひとりの名札が差し込まれた木製のデスクが並ぶ。現在でも憲法改正や大統領演説の際にはこの議場が使用され、座席は現役の国会議員に割り当てられる。こうした名札の存在は、この空間が歴史的遺構ではなく、現在も機能する「共和国の場」であることを示している。

サル・デュ・コングレの壁面を飾るこの巨大な絵画は、第三共和政時代に実際に行われた国会の開会式の様子を記録したもの。中央には法衣をまとった議会議長、その周囲に元老や閣僚、議員たちが配され、さらに階段状の席には招待客や記者団の姿も見える。王政期の重厚な装飾様式の空間で、共和制の儀式が執り行われたという歴史的な転換点が視覚的に伝わる作品である。

サル・デュ・コングレの壁面を飾るタピスリーは、ゴブラン製作所によるもので、四季を象徴する寓意が織り込まれている。こちらの一枚では、花冠を手にする若い女性と、剣を抱えた男性が対峙し、豊穣と力、調和と統治といったテーマが読み取れる。共和政下の議場に、王政時代の美意識と職人技が色濃く残されている点が興味深い。

その象徴的な舞台が、他でもないヴェルサイユ宮殿であったという事実は、意外と知られていない。1879年から1953年にかけて、フランスの大統領はヴェルサイユ宮殿内に設けられた「サル・デュ・コングレ(Salle du Congrès)」で選出されていた。この空間は第三共和政を制度的に支える中核であり、憲法制定に基づく両院合同会議(Congrès du Parlement)によって大統領が選出される場であった。王のオペラ劇場跡に隣接する南翼に新たな議場が建設されたのは1875年。建築家エドモン・ド・ジョリによって設計され、共和制国家の重厚な意志を体現する空間として、わずか6ヶ月の突貫工事で完成した。

14人もの大統領が誕生した第三共和政時代

議会議長アパルトマンに飾られた大統領の肖像画。右はジュール・グレヴィ(Jules Grévy, 在任1879–1887)とされる油彩画。第三共和政のもとで共和国大統領は君主不在の国家元首として、ヴェルサイユ宮殿を象徴的な舞台として用いた。肖像画の威厳ある佇まいは、新たな制度が君主制の格式を踏襲しつつも、共和制独自の権威を構築しようとしていたことをうかがわせる。

第三共和政初代大統領、アドルフ・ティエール(Adolphe Thiers, 1797–1877)の肖像。1871年、パリ・コミューン鎮圧後にパリからヴェルサイユへ政府を移し、事実上の政権所在地としてヴェルサイユ宮殿を再活用した。革命家にして歴史家でもあったティエールは、王制復古派と共和派の間を揺れ動く不安定な初期共和政のかじ取りを担った。

サディ・カルノ(Sadi Carnot, 1837–1894)の肖像。第三共和政第4代大統領を務め、科学者ラザール・カルノの孫にあたる。共和国の安定を象徴する人物とされたが、1894年、リヨンで無政府主義者により暗殺された。

アレクサンドル・ミルラン(Alexandre Millerand, 1859–1943)の胸像。第一次世界大戦後の混乱期、1920年から1924年までフランス第三共和政の大統領を務めた。穏健な社会主義者として出発し、のちに保守的立場へと転じ、政治的バランスの中で苦しい政権運営を強いられた。

この第三共和政の時代(1870–1940)には、14人の大統領が誕生している。形式上は7年任期とされていたが、議会多数派の支持を欠けば辞任や再選断念も珍しくなく、短命政権も多かった。その中には、普仏戦争後の混乱収拾に努めた初代大統領アドルフ・ティエール、共和主義の原則を堅持し王党派を抑え込んだジュール・グレヴィ、ロシアとの関係強化を進めたフェリックス・フォール、そして第一次世界大戦中の国家指導者レイモン・ポワンカレといった、共和制の理念と現実の中で国家を率いた人物たちが名を連ねている。

フランスの「公開性」や「説明責任」という理念を体現した「サル・デュ・コングレ」

この天井装飾はサル・デュ・コングレのもの。アーチを囲む楕円形のカルトゥーシュには、共和国の象徴である「RF(République Française=フランス共和国)」ではなく、「FF(France Française=フランスなるフランス、もしくはフランス本来の姿)」のモノグラムが繰り返されている点が注目される。これは第三共和政初期における共和主義と王政主義の間の緊張関係、あるいは象徴の慎重な選択を反映している可能性がある。重厚な装飾は共和国制度の権威を象徴するように構成されている。

サル・デュ・コングレ(議会ホール)の内装全体にわたって用いられている深紅(赤)の色彩は、共和国の威厳と権威を象徴する伝統的な色であり、また立法権を担う場にふさわしい格式を視覚的に強調している。議場内の椅子やカーペット、演壇に至るまで一貫して赤で統一されており、重厚さと緊張感を演出する。この色はまた、王政の青に対する共和国の色として歴史的に対比されてきた側面もある。議員席の机には、現在も実際に使われていることを示す名札が差し込まれ、その下に席番号が手書きで記されている様子が確認できる。形式張らずに番号を手書きで加えるこうした実用的な措置からは、象徴性と機能性の両立を図る共和国議会の現実的な一面が垣間見える。

中央の壇上に設けられたのは議長席。フランス第三共和政下では、上院議長が国家元首代行を務めることもあり、この席は象徴的な重みを持っていた。演壇の背後は彫刻や記章を排し、板張りの壁で覆われているが、これは視覚的な集中を促すと同時に、共和国の理念に沿った簡素さと威厳の両立を意図したものといえる。左右の出入口の上に掲げられた時計は、演説や採決における時間管理の厳格さを象徴している。議場全体を包む深紅の装飾と絨毯は、かつて王権を象徴した色を共和国の権威へと置き換えた視覚的主張であり、フランス国家「France Française(フランス共和国にしてフランス国民のもの)」を体現する空間の一部である。

議場の最後部、2階部分には記者団や一般市民が傍聴できるバルコニー席が設けられていた。民主主義の理念に基づき、国家の意思決定の場が公開されていることを象徴する空間である。ルイ14世の建築様式に倣った装飾とともに、共和国の透明性と威厳を演出する意図が見てとれる。中央には共和国のモットーや国章が掲げられ、議会の権威と歴史的継続性を静かに示している。

この「サル・デュ・コングレ」は、最大で約900人の議員を収容する半円形の議場であり、赤を基調とした内装は共和国の威厳と情熱、そして法の下の平等を視覚的に象徴している。中央壇上には議長席が設けられ、議論の焦点が自然とそこに向かう構造となっている。議席には現在も手書きの名札が差し込まれており、定期的な会合に使用されていることがうかがえる。また、後方にはかつてジャーナリストや市民が傍聴できる席も設けられており、フランス共和国が掲げた「公開性」や「説明責任」という理念が、建築そのものに体現されている。

第三共和政150周年記念特別公開

大臣翼の「偉人の回廊(Galerie des Hommes Illustres)」。第三共和政期には、サル・デュ・コングレや議会議長アパルトマンに向かう正式な導線として使われた。共和国の歴史を象徴する人物の胸像が整然と並び、王政時代の建築の中に新たな価値観が通過していく構造が保たれている。

南翼・議会議長アパルトマン内 食事または応接の間壁面を織物風の装飾で飾り、シャンデリアやコンソールが配されたこの部屋は、第三共和政期において議会議長が会食や私的な会談に用いたとされる。静けさと格式を兼ね備えた空間である。

2025年春、この「共和国の間」とも呼ぶべきサル・デュ・コングレ、そしてその奥に広がる「議会議長アパルトマン(appartement du Président du Congrès)」が、第三共和政150周年を記念して特別公開された。通常は関係者以外立ち入ることのできない空間が、この記念期間中に限って一般に開かれ、共和国の歴史を空間から辿るまたとない機会となった。
議長アパルトマンの内部は、赤と金を基調にした重厚な装飾が施され、共和国時代の大統領たちの肖像画が整然と並ぶ。そこにはフランス国家の「知」と「威厳」が凝縮されており、まさにこの宮殿が王政の象徴から共和政の拠点へと転換した歴史の証左であるといえる。

共和政の原点を伝える重要な場「ジュ・ド・ポームの間」

ヴェルサイユ宮殿から徒歩5分ほどの場所にある「ジュ・ド・ポームの間(Salle du Jeu de Paume)」は、1789年6月20日、第三身分の議員たちが王の許可なく憲法制定を誓った場所として知られる。中央の像はそのときの議長ジャン=シルヴァン・バイイを讃えるもので、彼の姿勢は「われわれは決して解散しない」と誓った瞬間を象徴的に表現している。背景には誓約に参加した議員たちの名が刻まれ、フランス議会政治の原点を今に伝えている。

フランス革命の発端となる「球戯場の誓い(Le Serment du Jeu de Paume)」が行われた現場が、このジュ・ド・ポームの間である。当時は室内球技場として使われていたが、1789年6月20日、国王の介入を拒んだ第三身分の議員たちはここに集まり、「憲法が制定されるまで議会を解散しない」と誓った。正面には、誓いの指導者であったジャン=シルヴァン・バイイの像が立ち、周囲を誓約参加者たちの胸像が囲む。壁面一面を覆う巨大なフレスコ画は、この歴史的瞬間を克明に描き出しており、会場の熱気と団結の空気を現代に伝えている。ヴェルサイユ宮殿内の「サル・デュ・コングレ(議会議場)」とあわせて訪れることで、フランス共和国誕生の精神と、その象徴的空間を立体的に体感できる。

さらに、ヴェルサイユ宮殿を出て徒歩5分の場所にある「ジュ・ド・ポームの間(Salle du Jeu de Paume)」も、共和政の原点を伝える重要な場所である。1789年6月20日、三部会における第三身分の議員たちが国王の干渉を退け、ここで憲法制定まで解散しないと誓った「球戯場の誓い(Le Serment du Jeu de Paume)」がなされた。この空間には、ジャン=シルヴァン・バイイ像と誓約参加者の胸像、そして壁面を覆う歴史画が配され、革命の熱気と志を静かに今に伝えている。

ヴェルサイユ宮殿は、王の栄光と共和国の理念が交錯する稀有な空間である。太陽王の夢から、近代国家フランスの制度的基礎まで──その空間に宿る歴史の重層性を、今回の特別公開は静かに、そして確かに照らし出していた。

展覧会情報 | Informations pratiques

特別公開「第三共和政150周年」関連展示およびガイドツアー
Exposition et visite guidée exceptionnelle à l’occasion des 150 ans de la Troisième République

会場:Château de Versailles – Aile des Ministres Nord(ヴェルサイユ宮殿 大臣翼〈北側〉)
会期:Du 15 février au 29 septembre 2025
   2025年2月15日〜9月29日まで
   ※土日祝は自由見学可、平日はガイド付きツアーのみ
チケット:ガイドツアー(visite guidée)付きの見学は予約制
     シャトー入場チケットも必要(パスポート:32€/宮殿チケット:21€)
公式情報・予約:▶chateauversailles.fr – Ouverture exceptionnelle de la salle du Congrès

※本展では特別に、「サル・デュ・コングレ」および「議長公邸」が公開され、第三共和政とヴェルサイユ宮殿の関係を紐解く貴重な展示が行われている。

Photo gallery

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1889年、フランス革命からちょうど100年目。ヴェルサイユにて三部会100周年を記念する式典が開かれた。アルフレッド・ロールはその情景を描くべくこのスケッチを残した。画面中央には、当時の共和国大統領サディ・カルノーが登場している。

櫻井朋成

写真家。フォトライター

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

フランス在住。フォトグラビュール作品を手がける写真作家。
一方で、ヨーロッパ各地での撮影取材を通じて、日本のメディアにも寄稿している。

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